スタートアップで働く魅力の1つとしてストックオプションを耳にしたことがある方は多いでしょう。将来、会社の成長次第で大きな利益(キャピタルゲイン)が期待できる夢のある仕組みです。
しかし、その一方で「税金が複雑でよくわからない」「いつ行使・売却すればよいか迷う」といった声が多いのも事実です。ストックオプションは、その種類や行使のタイミングによって、あなたの手取り額が大きく変わるため、正しい知識が欠かせません。
この記事では、ストックオプションの基本的な仕組み、手取り額に直結する税制適格・非適格の違い、具体的な税金計算、そして利益を最大化するための出口戦略まで、専門家の視点で徹底解説します。
ストックオプションとは?基本的な仕組みを3ステップで解説
ストックオプションとは、会社の株を、あらかじめ決められた安い価格で将来買うことができる権利のことです。 これは、特に成長を目指すスタートアップやベンチャー企業が、優秀な社員や役員に会社の成長を一緒に頑張ってくれた報酬として与えるインセンティブ(やる気を引き出すための仕組み)です。企業は、現金をすぐに支払わなくても、社員に将来大きな利益を得るチャンスを与えることができます。
この仕組みは、大きく分けて3つのステップで成り立っています。
| ステップ | 概要 |
| 1. 付与 | 会社から将来この価格で株を買える権利が無償または有償で与えられる |
| 2. 行使 | 権利を行使し、決められた価格(行使価格)で株を実際に購入する(株価が上がっていれば安く買える) |
| 3. 売却 | 行使して手に入れた株を市場価格で売却し、行使価格との差額を利益として得る |
ストックオプションの最大のメリットは、個人の努力と会社の成長が直結する点です。社員は会社が成長し株価が上がるほど、将来得られる利益が大きくなります。一方で、デメリットとしては、会社が成長しなければ利益が得られない(権利が紙切れになる可能性がある)点や、後述する税金の問題が複雑になりがちな点が挙げられます。権利の価値は会社の将来にかかっているため、リスクも理解しておく必要があります。
あなたのストックオプションはどっち?税制適格と非適格の違い
ストックオプションの税金のルールは、税制適格(ぜいせいてきかく)か非適格(ひてきかく)かによって大きく変わります。自身が持っているものがどちらに該当するかで、手元に残るお金が全く違ってきます。
この2つの違いは、税金が発生するタイミングと、適用される税率にあります。
| 項目 | 税制適格ストックオプション | 非適格ストックオプション |
| 税金が発生するタイミング | 株式を売却したときの1回のみ | 権利を行使したとき と 株式を売却したとき の2回 |
| 適用される税率 | 申告分離課税(一律20.315%) | 総合課税(累進課税、最大約55%) |
| 適用の主な条件 | 行使価格が権利付与時の株価以上であること、権利行使価額の年間合計額が1,200万円以下であることなど、厳格な条件がある | 税制適格の要件を満たさないもの |
【税理士の視点:大きな違いは行使時の課税】
非適格ストックオプションの場合、権利を行使した時点で、行使価格とそのときの株価の差額が給与所得や雑所得とみなされ、最大約55%の累進課税が適用されます。このとき、手元に現金がないにもかかわらず税金が発生するため、行使貧乏と呼ばれる事態に陥るリスクがあります。
反対に税制適格の場合は、行使時には課税されず、売却益に対して一律20.315%の税率が適用されるため、税務上のメリットが非常に大きいです。まずはご自身のストックオプションがどちらであるか、会社の発行資料で確認することが最初の一歩です。
ストックオプションにかかる税金の計算方法と発生タイミング
ストックオプションで発生する税金は、権利の行使時と売却時の2つのタイミングで、それぞれ異なる方法で計算されます。税金を正確に理解しておけば、後で慌てることはありません。
非適格ストックオプションの場合(2段階課税)
非適格ストックオプションは、権利行使時と株式売却時の2つのタイミングで課税されます。それぞれの内容は以下の通りです。
| 課税タイミング | 課税対象(利益) | 税の種類 | 税率 | 注意点 |
| 1回目
権利行使時 |
行使益
(行使時の株価)-(行使価格) |
給与所得または 雑所得
(総合課税) |
累進課税
(所得に応じ15%〜55%程度) |
・手元に現金がないのに納税義務が発生 ・納税資金の準備が必須
・会社が源泉徴収する場合と自身で確定申告する場合があります |
| 2回目
株式売却時 |
譲渡益
(売却価格)-(行使時の株価) |
譲渡所得
(申告分離課税) |
一律 20.315%
(所得税15%+住民税5%+復興税0.315%) |
・株式を売却した翌年に、ご自身で確定申告が必要 |
税制適格ストックオプションの場合(1段階課税)
- 課税対象: (売却価格)-(行使価格)=譲渡益
- 税の種類: 譲渡所得(申告分離課税)
- 税率: 一律20.315%
税制適格の場合、行使時の課税がなく、税率も低いため、非適格よりも圧倒的に税負担が軽減されます。いずれの場合も、多額の利益が出た場合は、確定申告が必須となり、ご自身で税金を計算し、納税する手続きが必要になります。
税理士が指南!ストックオプションで後悔しないための税金対策
非適格ストックオプションなど高額な税金が予想される場合でも、後悔しないためには事前の対策と、専門家による申告手続きのサポートが不可欠です。
行使時の納税資金を確保する
非適格ストックオプションは、手元に現金がないのに多額の課税が行使時に発生します。この税金を払うために、やむなく一部の株をすぐに売却(キャシュレス行使)したり、自身の預貯金から出す必要が出てきます。 対策としては、行使を決定する前に、予想される税額を計算し、納税資金を別口座で確保してください。特に、行使と同時に全株を売却しない場合(株を保有し続ける場合)はこれが重要です。
分離課税と総合課税の正しい理解
まず申告分離課税とは、税制適格ストックオプションの売却益や、非適格ストックオプションの売却益のように、他の所得(給与など)と分けて一律20.315%で課税される仕組みです。 一方、総合課税とは、非適格ストックオプションの行使益のように、給与所得と合算され、所得が多くなればなるほど税率が上がる累進課税が適用される仕組みです。 非適格の行使益は、あなたの給与や賞与に上乗せされて税率が決まるため、予想以上に高い税率(住民税も含め最大約55%)になることを認識し、確定申告で漏れや間違いがないように、正確な所得金額を把握することが欠かせません。
確定申告の準備と税理士への相談
ストックオプションの利益は金額が大きくなりやすいため、税務署からのチェックも厳しくなりがちです。 税理士への相談のタイミングとしては、ストックオプションの行使を検討し始めた段階、特に上場直前やバイアウト(M&A)が近づいた段階が理想的です。 専門家が必要な理由は、行使価格や株価の計算、税制適格の要件判断、国際税務が絡むケースなど、専門的な判断が必須となるためです。特に非適格ストックオプションの場合、譲渡所得の取得費(いくらで株を買ったとみなすか)の計算が複雑で、誤って申告すると追徴課税の対象となるリスクがあります。
利益を最大化する!行使と売却の最適なタイミングの判断基準
ストックオプションをいつ行使し、いつ売却するかのタイミングは、純粋な税金計算以上に、あなたの手取り額と将来の資産を左右する最も重要な判断です。
行使の判断基準
最適なタイミングは、あなたの置かれた状況と会社のフェーズによって変わります。
税制適格の場合、早く行使することに税務上のデメリットはないため、会社の成長に確信があれば、行使期間内のできるだけ早い段階で行使を検討するのも1つの手です。一方、非適格の場合(行使時課税あり)は判断がより複雑になります。株価が低い時期に行使すれば、その時点での課税額(行使益)を小さくできるため、将来の値上がりを期待して納税負担が少ないうちに一部を行使しておく戦略があります。 ただし、いずれの場合もストックオプションには行使期間の期限があるため、期限切れや退職で権利を失効させないよう、期間内に実行することが絶対条件です。
売却の判断基準(出口戦略)
売却は利益を確定させる行為です。プロの金融専門家としては、単に株価が高い時ではなく、自身のライフプランを基準に判断することをお勧めします。
判断基準としては、まず会社の成長フェーズを見極めます。会社が急成長期(グロースフェーズ)にある間は保有を続け、成長が鈍化してきた、または業界全体の先行きに不安を感じたタイミングで売却を検討するのが1つの方法です。 同時に、住宅購入の頭金や子どもの教育資金、早期リタイアの資金など、自身のライフイベントで大きな資金が必要となる時期に合わせて売却を計画することも重要です。 さらに、ストックオプションの利益で資産全体が自社株に偏りすぎるのは高リスクなため、ポートフォリオの偏りを是正する観点も欠かせません。資産の3分の1から半分程度など、許容できるリスクの範囲内で売却し、後述の分散投資に回すことが賢明です。
【プロの知恵】国際税務・相続・退職時のストックオプションの取り扱い
ストックオプションは、通常の給与や資産と異なり、国際的な移動や相続が発生すると、取り扱いが非常に複雑になります。
国際税務(海外赴任・移住時)
あなたがストックオプションの権利付与を受けた後に海外へ赴任・移住した場合、日本と赴任先の2つの国で課税される(二重課税)リスクが生じます。
具体的には、権利付与時から行使時までの期間を、日本での勤務期間と海外での勤務期間に分け、それぞれの国で働いた期間に応じて行使益を按分して課税する課税権の分割ルールが適用される場合があります。 万が一、二重に課税されてしまった場合でも、日本の確定申告で外国税額控除という手続きを行えば、海外で納めた税金を日本の税金から差し引くことができ、二重課税を避けることが可能です。
海外でのストックオプションの取り扱いは、国ごとの税法と日本との租税条約が絡み合う極めて専門性の高い分野です。グローバルなキャリアを持つ方は、必ず国際税務に精通した税理士にご相談ください。
相続時の取り扱い
ストックオプションの権利者が亡くなった場合、未行使の権利は原則として相続財産として引き継がれます。 未行使の権利については、相続人が権利を承継し、行使期間内に権利を行使できますが、ストックオプションの種類によっては相続による承継が認められない場合もあります。
また、相続税を計算する際の評価方法も注意が必要です。評価額は権利行使によって得られる株の価値から行使価格を引いた差額などを基に計算されますが、この評価は複雑であり、相続税の申告で税務調査の対象となりやすいポイントの1つです。
退職・M&A(バイアウト)時の取り扱い
まず退職時ですが、退職するとストックオプションの権利は基本的に失効します。ただし、退職後も一定期間(例:90日以内)の行使が認められる場合もあるため、退職前に必ず会社の規定を確認してください。
次にM&A(バイアウト)時ですが、会社が買収された場合、多くの場合、買収価格に基づいてストックオプションも評価され、その価値が現金で支払われます。この場合も、非適格であれば行使益に相当する部分が総合課税の対象となるため、多額の税金が発生します。M&Aのニュースが出た時点で、すぐに税金対策の専門家にご相談ください。
ストックオプションを活かした資産形成と次のステップ
ストックオプションによって得たまとまった資金は、あなたの人生における資産形成のブースター(加速装置)です。この資金を無計画に消費するのではなく、プロの目線で「守りながら増やす」戦略に活かすことが重要です。
ストックオプション利益の「出口戦略」
大きな利益を得た場合、そのまま預貯金として持っておくのはもったいない選択です。以下の観点から資金を振り分けてください。
まず、生活防衛資金の確保として、万一のために生活費の6ヶ月〜1年分を安全性の高い預貯金で確保します。 次に、確定申告で納税する分の資金を確実に確保する税金対策への充当を行います。 そして、その他の手元に残った資金で分散投資を開始します。全額を1つの銘柄や1つの投資商品に集中させるのは大きなリスクです。株式、債券、不動産、投資信託など、異なる動きをする資産に分散投資することが長期的な安定成長の基本です。
NISA・iDeCoとの連携で非課税メリットを最大限に活用
ストックオプションで得た利益こそ、国が用意した優遇税制を活用する絶好の機会です。 例えば、NISA(新NISA)は、株式や投資信託の運用益が非課税になる制度です。ストックオプションの利益を、NISAの枠内で運用することで、将来得られる利益に対しても税金がかからなくなります。
また、iDeCo(個人型確定拠出_年金)も有効です。毎月の掛金が全額所得控除の対象となり、所得税・住民税が節税できるため、ストックオプションの利益とは別の形で税メリットを享受する手段となります。
税理士・金融の専門家へ相談
ストックオプションは、その構造上、税金、金融、法務の知識が複雑に絡み合います。 最終的な行動として、権利行使や売却を決断する前、または高額な利益を得た後に、税理士や金融の専門家へ相談することが、あなたの利益を守り、最大化するための最後の、そして最も重要なステップです。
専門家への具体的な依頼内容としては、税制適格の判断、適格の場合の確定申告サポート、納税資金シミュレーション、利益を活かした資産運用プランの策定などが挙げられます。自身の状況に合わせた具体的なアドバイスを求めることで、不安なく次のステップへ進むことができます。
その権利を最大限に活かすために、プロの知恵を活用し、賢い資産形成への一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
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