役員退職金の現物支給は得?不動産・車・保険の税金を税理士が解説

長年会社を経営していると、法人名義で不動産や社用車、生命保険などを保有している場合があります。退任の時期が見えてくると「会社の資産をそのまま個人で受け取れないか」と考える方もいるでしょう。

役員退職金は、現金で支給するだけでなく、会社が保有する資産を現物支給する方法もあります。ただし、現物支給が必ず有利になるわけではありません。支給する資産の評価額、法人側で発生する譲渡損益、退任後に個人が負担する税金や維持費まで含めて検討する必要があります。

この記事では、不動産・生命保険・車を役員退職金として現物支給した場合の税金や注意点を整理します。法人・個人双方の税負担や資金繰りを踏まえ、現金支給と現物支給を比較する際のポイントを確認しましょう。

法人税

退職金の現物支給は一定の要件を満たせば可能

役員退職金の現物支給とは、退任する役員に対して、現金ではなく会社が保有する不動産、生命保険契約に関する権利、社用車などの資産を引き渡す形で退職金を支給する方法です。

実行にあたっては、退職の実態や支給額の相当性、対象資産の適正評価、会社法上の決議手続き、会計処理や税務処理を確認する必要があります。

現物支給は、会社の手元資金を大きく減らさずに退職金を支給できる可能性がある一方で、法人側に譲渡損益が発生したり、受け取った個人側に維持費や将来売却時の税負担が生じたりする点に注意が必要です。

現物資産は原則として支給時の価額で評価する

現物支給した資産は、原則として帳簿価額ではなく、支給時の価額で退職金の額を計算します。

法人側では、対象資産を時価で譲渡したものとして処理するため、支給時の価額と帳簿価額との差額について、譲渡益または譲渡損が発生する可能性があります。

たとえば、帳簿価額1,000万円の不動産を、支給時の価額1,500万円で役員退職金として現物支給する場合、退職金としての支給額は1,500万円を基準に考えます。また、法人側では時価1,500万円で資産を移転したものとして、帳簿価額との差額500万円について譲渡益が発生する可能性があります。

そのため、現物支給を検討する際は、役員退職金として損金算入できる金額だけでなく、資産の移転に伴う法人側の譲渡損益もあわせて試算することが重要です。

なお、生命保険契約に関する権利を現物支給する場合は、不動産や車とは評価方法が異なります。契約内容や支給時点の解約返戻金、前納保険料、配当金などを確認したうえで評価する必要があります。

退職の実態がある場合に退職所得となる

役員退職金として支給した金額が退職所得として扱われるには、形式的な肩書の変更だけでなく、実質的に退職したといえる状況が必要です。

代表取締役から会長や相談役などに役職が変わったとしても、引き続き経営上主要な地位にあり、従来と同様の職務を続けている場合は、退職したとは認められない可能性があります。

国税庁は、役員の分掌変更等に伴う退職給与について、役員としての地位や職務内容が激変し、実質的に退職したのと同様の事情がある場合には、退職給与として取り扱えるとしています。たとえば、常勤役員が非常勤役員になった場合や、分掌変更後の報酬がおおむね50%以上減少した場合などが例示されています。

分掌変更に伴って役員退職金を支給する場合は、退職後の地位、代表権の有無、職務内容、役員報酬の変化、会社への関与状況などを確認することが重要です。

退職金の現物支給に向く資産を比較

退職金として現物支給できる資産には、不動産、生命保険契約に関する権利、車などがあります。ただし、資産ごとに評価方法や移転時の費用、受け取った後の負担は異なります。

資産 評価・確認方法 主な費用・論点 受取後の負担
不動産 不動産鑑定評価
複数社の査定
近隣の取引事例など
登録免許税
不動産取得税
消費税の扱い
固定資産税
修繕費
管理費
生命保険 契約内容に応じて解約返戻金や資産計上額などで評価 評価方法の判定
契約者変更の手続き
継続する保険料
将来の受取時の課税
中古車相場
買取業者の査定など
名義変更
消費税の扱い
自動車税自動車保険料
車検費用

不動産は移転費用まで確認する

不動産を役員退職金として現物支給する場合は、評価額だけでなく、移転時と取得後の費用も確認しておく必要があります。

所有権移転登記には登録免許税がかかり、取得した個人には原則として不動産取得税もかかります。また、消費税は土地と建物で扱いが異なります。土地の譲渡は非課税ですが、建物部分の譲渡は原則として消費税の課税対象です。

個人への移転完了後は、固定資産税や修繕費、維持管理費などの支出も個人の負担となります。第三者へ賃貸して収益を得る場合には、家賃収入から必要経費を差し引いた不動産所得に対して所得税・住民税が課される点にも注意が必要です。

生命保険は契約内容で評価額が変わる

法人契約の生命保険を役員へ現物支給する場合、契約内容によって評価額が変わるため、事前の確認が必要です。

原則として、生命保険契約に関する権利は、支給時に契約を解約した場合に支払われる解約返戻金の額をもとに評価します。前納保険料や配当金がある場合は、それらも含めて確認します。

ただし、2021年7月1日以後に支給する一定の保険契約については、評価方法が見直されています。支給時解約返戻金の額が、法人の資産計上額の70%に相当する金額未満である一定の契約については、原則として、支給時資産計上額などをもとに評価します。

そのため、低い解約返戻金だけを前提に評価すると、税務上問題になる可能性があります。契約日、保険種類、支給時解約返戻金、前納保険料、配当金、法人の資産計上額を確認し、契約ごとに評価方法を判断しましょう。

車は中古車相場で時価を確認する

社用車も、役員退職金として現物支給できます。

支給時の価額を確認するため、中古車の流通価格や買取業者の査定などを参考にします。複数の査定を取得しておくと、算定根拠を説明しやすくなるでしょう。

車の移転は、原則として消費税の課税対象となる資産の譲渡です。法人側では、支給時の時価をもとに譲渡したものとして処理するため、帳簿価額との差額について譲渡損益が生じる可能性があります。

受け取った後は、自動車に関する税金や保険料、車検費用などを個人で負担します。支給時の評価額だけでなく、保有後の費用も含めて判断することが重要です。

法人税

退職金の現物支給と現金支給を比較

同じ退職金額でも、支給方法によって会社の手元資金や、退任役員に残る資産の内容は変わります。数値で並べて確認します。

ここでは、次の3つのポイントを整理します。

  • 3つの支給方法を数値で比較する
  • 現金併給額は必要資金から決める
  • 法人と個人の税引後資産で判断する

3つの支給方法を数値で比較する

以下の前提で、退職金の支給方法を比較します。

  • 退職金:5,000万円
  • 勤続年数:30年
  • 不動産の時価:3,000万円
  • 不動産の帳簿価額:1,800万円
  • 退職金は適正額であり、法人側で損金算入できるものとする
  • 法人側の譲渡益に対する法人税等、移転費用、売却費用は考慮しない

退職所得控除は1,500万円、課税退職所得は1,750万円です。所得税・復興特別所得税と住民税は、合計約608万円として計算します。

  全額を現金

不動産3,000万円
+
現金2,000万円

会社が売却して全額現金
退職金としての現金支出 5,000万円 2,000万円 5,000万円
売却代金を含む会社の現金増減 ▲5,000万円 ▲2,000万円 ▲2,000万円
法人の譲渡損益 なし 益1,200万円 益1,200万円
個人の税負担 約608万円 約608万円 約608万円
主な移転・売却費用 なし 登録免許税、不動産取得税、建物部分の消費税など 仲介手数料、建物部分の消費税など
税引後の受取資産※ 現金約4,392万円 不動産3,000万円 + 現金約1,392万円 現金約4,392万円

※法人側の退職給与の損金算入、譲渡益に対する法人税等、移転費用、売却費用、消費税、司法書士報酬などは考慮していません。

この例では、退職金の総額はいずれも5,000万円であるため、個人の退職所得に対する税額は同じです。

一方で、会社の現金支出や、個人に残る資産の中身は異なります。不動産を現物支給する場合、会社の現金支出は抑えられますが、個人は不動産を取得するため、登録免許税や不動産取得税、取得後の固定資産税や修繕費なども考慮する必要があります。

現金併給額は必要資金から決める

現物だけを支給すると、受け取った個人に納税資金が残らない場合があります。そのため、不動産や車などを現物支給する場合でも、納税や名義変更に必要な資金を現金で併給するかを検討することが重要です。

必要な現金額の目安 = 所得税等 + 住民税 + 名義変更費用 + 取得時の税金 + 当面の維持費

先ほどの例では、退職所得に対する所得税・復興特別所得税と住民税だけで約608万円の負担が生じます。不動産を受け取る場合は、さらに登録免許税や不動産取得税なども必要になるため、現金併給額はそれらの支出を踏まえて決める必要があります。

法人と個人の税引後資産で判断する

現物支給の有利・不利は、法人側の税負担だけでは判断できません。そのため、法人と個人の資産を単純に合算して判断するのではなく、それぞれに残る現金、資産、税負担を分けて比較しましょう。

現物支給は、会社の手元資金を温存しながら退職金を支給できる可能性があります。ただし、法人側に譲渡益が発生する場合や、個人側に納税資金・維持費の負担が生じる場合もあります。現金支給と現物支給のどちらが適しているかは、法人と個人双方の資金繰り、税負担、将来の資産活用方針を踏まえて判断することが重要です。

退職金の現物支給に必要な手続き

役員退職金を現物支給する場合は、退職金額の算定、対象資産の評価、会社法上の決議、源泉徴収、名義変更などを順番に進める必要があります。

進める順番を誤ると、資産の評価や納税資金の確認が後回しになり、支給時に想定外の税負担や手続き上の問題が生じる可能性があります。

なお、以下の実施時期は法定期限ではなく、準備を進める際の一例です。

実施時期の目安やること主な担当者主な確認資料
退任の6か月前退職金額の算定現物支給候補の確認経営者顧問税理士役員退職金規程決算書役員報酬の推移
退任の3か月前評価資料の取得納税資金の確認経理担当者不動産の鑑定・査定資料車の査定書保険会社の資料
決議時必要な機関決定議事録の作成取締役経理担当者株主総会議事録等退職金計算資料
支給時源泉徴収と住民税の処理経理担当者退職所得の受給に関する申告書源泉徴収税額の計算資料
支給後資産ごとの名義変更会計・税務処理経理担当者司法書士等登記申請書保険契約の変更書類車の移転登録書類

適正な退職金額を算定する

役員退職金の額は、在任期間や退職の事情、同業類似法人の支給状況などを踏まえて検討します。不相当に高額な部分は、法人税の損金に算入できません。

現物支給したい資産の時価を起点として退職金額を設定するのではなく、まずは客観的な基準に基づいて適正な役員退職金額を算定し、その枠組みの中で支給資産を選択する手順が推奨されます。

第三者資料で時価を確認する

資産の評価では、金額だけでなく算定根拠も残しておくことが重要です。不動産は鑑定や査定資料、車は買取業者の査定、保険は保険会社の資料などを確認します。

支給時点の価額を説明できるよう、支給日に近い時点の資料を用意して保管します。

株主総会議事録に支給内容を記載する

取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ、会社法上必要な株主総会の決議等を行います。

現物支給する場合は、退職金額、現物で支給する旨、対象資産を特定できる情報、評価額、支給日などを議事録に残しておくことが重要です。

不動産であれば所在・地番・家屋番号、車であれば車台番号や登録番号、生命保険契約であれば保険会社名・証券番号など、対象資産を特定できる情報を整理しておきましょう。

申告書を受領して税額を納付する

支給前に「退職所得の受給に関する申告書」を本人から受け取ります。提出がない場合は、退職手当等の支給額に20.42%を乗じた所得税・復興特別所得税を源泉徴収します。

源泉徴収した税額の納付期限は、原則として翌月10日までです。

また、2026年1月1日以後に支払う退職手当等については、退職手当等の支払を受けるすべての居住者に係る退職所得の源泉徴収票を税務署へ提出する必要があります。

現物支給の場合、退職金の一部または全部が現金以外で支給されるため、本人の納税資金が不足する可能性があります。所得税・復興特別所得税、住民税、登録免許税、不動産取得税、名義変更費用などを踏まえ、現金を併給するかも事前に検討しましょう。

資産ごとの名義変更を行う

現物支給後は、資産ごとに必要な名義変更手続きを行います。不動産は所有権移転登記、車は移転登録、生命保険は契約者変更など、資産ごとに必要な手続きをしましょう。

対象資産に抵当権、質権、所有権留保、リース契約などがある場合は、金融機関、保険会社、信販会社、リース会社などへの事前確認が必要になることがあります。

また、決議日、退任日、支給日、引渡日、名義変更日がずれる場合は、それぞれの日付と処理内容を整理して記録しておきましょう。税務上は、どの時点で支給があったといえるかが問題になることもあるため、議事録、評価資料、契約変更書類、登記関係書類を一体で保管しておくことが重要です。

退職金の現物支給で確認する注意点

退職金を現物支給する場合は、支給時の税金だけでなく、受け取った後の維持費や将来の相続への影響も確認しておく必要があります。

特に、次の点に注意しましょう。

  • 維持費で個人の負担が増える場合がある
  • M&A前の現物支給は譲渡条件に影響する可能性がある
  • 換金しにくい資産は相続時の負担になり得る

維持費で個人の負担が増える場合がある

会社が負担していた費用は、名義変更後は個人の支出になる場合があります。不動産なら固定資産税、修繕費、管理費、保険なら継続する保険料などです。

収益不動産では、家賃収入から必要経費を差し引いた不動産所得に所得税・住民税がかかります。退任後に役員報酬などの収入が減る場合もあるため、維持費が継続する資産は受取後の収支まで確認しましょう。

M&A前の現物支給は譲渡条件に影響する可能性がある

第三者への株式譲渡を予定している場合、現物支給によって会社の資産や損益、手元資金が変わります。

現物支給によって会社の資産、損益、手元資金が変わると、株式価値の算定や譲渡条件に影響する可能性があります。たとえば、会社が保有していた不動産や生命保険契約を退任役員に移転すると、買い手が前提としていた純資産や将来の資金繰りが変わる場合があります。

M&Aの検討中や交渉中に会社資産を移転する場合は、実行前に買い手、M&A仲介会社、税理士、弁護士などと調整しておくことが重要です。

換金しにくい資産は相続時の負担になり得る

不動産は現預金等と比較して流動性が低く、短期間での現金化が困難となるケースがあります。個人資産の構成が不動産へ過度に偏った場合、将来の相続発生時において遺産分割協議の難航や納税資金の不足を招くおそれがあるので注意が必要です。

相続税は、原則として申告期限までに金銭で一括納付します。申告・納税期限は、通常、相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。不動産の比率が高くなる場合は、相続税の納税に使える預貯金などの確保が重要です。

退職金の現物支給に関するよくある質問

役員退職金を現物支給する場合、全額を現物で支給できるのか、決議後に支給方法を変更できるのかなど、実務上迷いやすい点があります。ここでは、よくある質問を整理します。

  • 役員退職金の全額を現物で支給できる?
  • 決議後に現物支給へ変更できる?

役員退職金の全額を現物で支給できる?

役員退職金の全額を、不動産や車、生命保険契約に関する権利などの現物で支給することも可能です。

ただし、全額を現物で受け取ると、退職所得に対する所得税・復興特別所得税や住民税、名義変更費用、不動産取得税、登録免許税などを支払うための現金が不足する場合があります。

そのため、現物支給を検討する際は、支給後に必要となる納税資金や移転費用を事前に確認することが重要です。必要に応じて、退職金の一部を現金で支給し、残りを現物で支給する方法も検討できます。

決議後に現物支給へ変更できる?

当初は現金で支給する前提で決議したものの、後から不動産や車などの資産で支払う場合は、必要な機関決定や議事録の内容、税務上の取扱いを改めて確認する必要があります。

金銭で支払うべき退職金債務を会社資産で弁済する場合、税務上は代物弁済として整理されることがあります。この場合、会社が資産を譲渡したものとして、法人側に譲渡損益や消費税の課税関係が生じる可能性があります。

当初から現物支給として決議する場合と、決議後に現物で支払う場合では、会社法上の手続きや税務処理の整理が異なることがあります。支給方法を変更する場合は、実行前に税理士や弁護士などの専門家へ確認し、必要に応じて追加の決議や議事録の整備を行いましょう。

法人の退職金の対策なら税理士法人ネイチャー

役員退職金の現物支給では、適正な退職金額、資産の評価、法人の譲渡損益、受給者の税金、受取後の資産運用まで一体で検討することが重要です。税務と資産運用を別々に判断すると、法人・個人それぞれの税引後資産や資金繰りを適切に比較できない場合があります。

税理士法人ネイチャーでは、役員退職金の適正額や退職金を支給するための法人における運用等の準備、受取後の相続税対策までご相談いただけます。法人オーナー様で役員退職金の準備を進めていきたいとお考えの方は、ぜひ無料相談をご利用ください。

まとめ:退職金の現物支給は税引後資産で判断しよう

役員退職金は、不動産・生命保険・車などの現物でも支給できます。会社の現金流出を抑えられる場合もありますが、現金支給より有利になるとは限りません。

判断する際は、法人側の譲渡損益や税負担、受給者の所得税・住民税、移転費用、受取後の維持費まで確認します。

法人と個人それぞれに残る税引後の資産や資金を比較し、支給方法を検討することが重要です。現物支給と現金支給を具体的な数字で比較したい方は、ぜひ一度お問い合わせください。

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