「社員の給与を上げたいが、会社がどこまで負担できるか分からない」
そんなお悩みを抱える経営者の方は少なくありません。
人件費の水準を判断する際に使われる指標の一つが、労働分配率です。ただし、目安となる水準は業種や企業規模によって異なります。平均値だけを基準に昇給額を決めると、資金繰りに影響する可能性があるので注意が必要です。
この記事では、企業規模別・業種別の公的データや労働分配率の計算方法を紹介し、具体例を交えて自社の人件費水準と賃上げ余力の判断方法を解説します。
また、賃上げ後の法人税等や社会保険料への影響を含めた試算方法も取り上げます。
労働分配率の目安は一律ではない
労働分配率に、すべての会社に共通する適正値はありません。
目安は、自社と企業規模や業種が近い企業の数値を参考にしましょう。
労働分配率は、企業規模や業種だけでなく、付加価値額や人件費の定義によっても変わります。そのため、公的統計を参考にする際は、対象企業や計算方法の違いを確認することが重要です。
労働分配率の目安を企業規模別に比較
2026年版中小企業白書では、2024年度の労働分配率が次のとおり示されています。
| 企業規模 | 資本金の区分 | 労働分配率 |
| 小規模企業 | 1,000万円未満 | 81.5% |
| 中規模企業 | 1,000万円以上1億円未満 | 74.4% |
| 大企業 | 10億円以上 | 47.3% |
※企業規模は、この統計における資本金による区分であり、中小企業基本法上の企業区分とは異なります。また、資本金1億円以上10億円未満の企業は、この表に含まれていません。
※人件費は、役員・従業員の給与と賞与、福利厚生費の合計です。
※金融業・保険業は含みません。
中小企業では、付加価値額の7〜8割程度を人件費が占めています。
労働分配率の目安を業種別に比較
経済産業省の企業活動基本調査では、主要業種の労働分配率が公表されています。
| 業種 | 労働分配率 | 実績年度 | 人件費の範囲 |
| 製造業 | 45.9% | 2024年度 | 給与総額 |
| 卸売業 | 43.7% | 2024年度 | 給与総額 |
| 小売業 | 46.7% | 2024年度 | 給与総額 |
※対象は、該当業種の事業所を持つ企業のうち、従業者50人以上かつ資本金または出資金3,000万円以上の企業です。
※労働分配率は「給与総額 ÷ 付加価値額 × 100」で算出されています。付加価値額は、営業利益・給与総額・減価償却費・福利厚生費・動産・不動産賃借料・租税公課の合計です。
規模別と業種別の統計では対象企業や計算条件が異なるため、数値を単純には比較できません。
労働分配率の計算方法
労働分配率は、一般に「人件費 ÷ 付加価値額 × 100」で求めます。含める項目によって結果が変わるため、計算条件も確認しましょう。
- 人件費に含まれる項目を整理する
- 付加価値額の計算方法
付加価値額とは、会社が事業活動によって新たに生み出した価値を示す金額です。
人件費5,000万円、付加価値額8,000万円なら、労働分配率は62.5%です。
推移を比較する場合は、毎期同じ項目と計算方法を使うことが重要です。
人件費に含まれる項目を整理する
人件費に含める項目は、採用する計算方法によって異なります。2026年版中小企業白書では、役員・従業員の給与と賞与、福利厚生費を人件費に含めています。
一方、公的統計によっては、労働分配率の分子に給与総額を使う場合もあるため、他社や業界平均と比べる際は、人件費の範囲をそろえて確認しましょう。
付加価値の計算方法
付加価値額の求め方には、売上高から外部購入費用を差し引く方法と利益や人件費などを積み上げる方法があります。
公的統計でも、付加価値額に含める項目は統一されていません。たとえば中小企業白書では、営業純益、人件費、支払利息等、動産・不動産賃借料、租税公課を合計しています。
粗利益を使って人件費負担を簡易的に確認する方法もありますが、公的統計の労働分配率とは定義が異なります。過年度や他社と比較する際は、同じ計算方法を使いましょう。
労働分配率の数値からわかること
労働分配率からは、付加価値額に占める人件費の割合やその推移を確認できます。業種平均や自社の過去の数値と比べて判断しましょう。
- 目安より高い場合
- 目安より低い場合
数値が高いか低いかだけで、経営状態の良し悪しは判断できません。
目安より高い場合
労働分配率が高い場合は、付加価値額に占める人件費の割合が大きい状態です。人件費が増えた場合だけでなく、利益の減少などで付加価値額が減った場合にも上昇します。
付加価値額がプラスで、労働分配率が100%を超える場合は、人件費が付加価値額を上回っています。
賃上げ余力を確保するには、価格の見直しや生産性の向上などにより、付加価値額を増やせるか検討することが重要です。
目安より低い場合
労働分配率が低い場合は、人件費に対して付加価値額が大きい状態です。賃上げ余力がある可能性もありますが、給与水準が低い場合もあります。
労働生産性や同業他社の給与水準、今後の採用・投資計画などもあわせて確認しましょう。
労働分配率の目安を決める方法
自社の目標値は、同業比較・目標値からの逆算・付加価値額が減少した場合の試算から検討します。平均値だけでなく、自社の過去の推移や利益水準もあわせて確認しましょう。
- 同業他社は同じ計算条件で比べる
- 目標分配率から人件費の目安を求める
- 付加価値額が減少した場合の分配率を試算する
同業他社は同じ計算条件で比べる
同業他社と比べる際は、統計の定義に自社の計算条件を合わせます。中小企業白書と比較する場合は、役員給与・賞与や福利厚生費も人件費に含めます。
自社の過去3〜5期の推移も並べて確認しましょう。労働分配率が上昇している場合は、付加価値額に対する人件費の割合が高まっています。
目標分配率から人件費の目安を求める
目標とする労働分配率が決まれば、人件費の目安を逆算できます。
「人件費の目安 = 予想付加価値額 × 目標労働分配率」
「賃上げ余力の目安 = 人件費の目安 − 現在の人件費」
次の条件で考えてみます。
- 役員2名・従業員23名
- 付加価値額1億5,000万円、人件費1億500万円
- 現在の労働分配率70.0%
- 従業員の給与総額8,000万円
- 経常利益3,000万円
目標分配率を70%、来期の予想付加価値額を1億6,000万円とします。
人件費の目安は、「1億6,000万円 × 70% = 1億1,200万円」です。現在の人件費との差額700万円が、労働分配率から見た人件費の増額余地となります。
ただし、この700万円には給与の増額だけでなく、会社負担の社会保険料などの増加分も含めて考える必要があります。実際の昇給額は、利益や資金繰りへの影響も踏まえて判断しましょう。
付加価値額が減少した場合の分配率を試算する
基本給を引き上げると、人件費は継続的に増加します。労働条件の引き下げには一定の制約もあるため、昇給前に付加価値額が減少した場合も試算しておきましょう。
A社の従業員給与総額8,000万円を3%引き上げると、給与は240万円増えます。ほかの人件費が変わらないと仮定すると、人件費は1億740万円です。
| 付加価値額 | 労働分配率 |
| 変化なし(1億5,000万円) | 71.6% |
| 5%減少(1億4,250万円) | 75.4% |
| 10%減少(1億3,500万円) | 79.6% |
※社会保険料の増加分は含めていません。実際の会社負担額は、標準報酬月額などに応じて変わります。
基本給を引き上げると、翌年度以降も人件費負担が続きます。固定給と賞与の配分や採用計画も含め、付加価値額が減少した場合でも継続して負担できるか確認しましょう。
労働分配率を経営指標で検証する
労働分配率は、ほかの経営指標と組み合わせると、人件費の水準をより多面的に判断できます。
| 指標 | 計算式 | わかること |
| 労働生産性 | 付加価値額 ÷ 役員・従業員の合計人数 | 1人当たりの付加価値額 |
| 人件費率 | 人件費 ÷ 売上高 × 100 | 売上高に占める人件費の割合 |
| 1人当たり人件費 | 人件費 ÷ 役員・従業員の合計人数 | 1人当たりの人件費 |
A社の労働生産性は、「1億5,000万円 ÷ 25人(役員を含む) = 600万円」です。人件費1億500万円を25人で割ると、1人当たり人件費は420万円になります。
同じ計算条件で労働生産性が640万円に上がり、労働分配率を70%とした場合、1人当たり人件費は448万円です。
労働生産性が高まれば、労働分配率を上げなくても1人当たり人件費を増やせる余地が生まれます。人件費率は売上高を基準にするため、労働分配率とは異なる角度から人件費負担を確認できます。
労働分配率から賃上げ後の実質負担額を試算する
黒字企業では、賃上げによる人件費の増加で課税所得が減るほか、要件を満たせば賃上げ促進税制の税額控除を受けられる場合があります。A社の3%昇給で試算します。
| 項目 | 金額 |
| 給与の増加額(8,000万円 × 3%) | 240万円 |
| 会社負担の社会保険料等(約15%と仮定) | 約36万円 |
| 人件費の増加額(合計) | 約276万円 |
| 法人税等の減少額(実効税率30%と仮定) | ▲約83万円 |
| 賃上げ促進税制の税額控除(240万円 × 30%) | ▲72万円 |
| 税引後の実質負担額の概算 | 約121万円 |
※実効税率30%、会社負担の社会保険料等15%は試算上の仮定です。
※A社は青色申告書を提出する中小企業者等に該当し、給与増加額240万円の全額が賃上げ促進税制の税額控除の計算対象となり、72万円を当期に全額控除できるものとします。
※税負担の軽減効果を反映した概算であり、実際の資金の支払時期や納税時期は考慮していません。
A社の試算では、税引後の実質負担額は人件費増加額より小さくなります。
ただし、昇給後の給与は翌年度以降も継続して支給します。賃上げ促進税制も、各事業年度で前年度比の要件を満たさなくてはなりません。
給与増加後の法人税を試算する
給与や会社負担の社会保険料等は、原則として損金に算入できるため、黒字企業では人件費の増加に伴い、法人税等の負担が軽減されます。
A社の試算では、人件費の増加額約276万円に実効税率30%を掛け、法人税等の減少額を約83万円としています。
ただし、実際の軽減額は会社の所得や税率によって異なります。
社会保険料の会社負担を加える
給与や賞与を増やすと、会社負担の社会保険料や労働保険料も増える場合があります。健康保険、介護保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険などが対象です。
2026年4月分からは、被用者保険の保険料とあわせて子ども・子育て支援金の負担も始まりました。会社負担額は加入する健康保険、業種、従業員の年齢や標準報酬月額などで変わります。
そのため、給与の増加額だけでなく、法定福利費を含めた年間人件費で試算しましょう。
賃上げ促進税制の対象を確認する
中小企業向けの賃上げ促進税制では、青色申告書を提出する中小企業者等が一定の要件を満たすと、国内雇用者への給与等の増加額の一部を法人税から控除できます。
- 雇用者給与等支給額が前年度比1.5%以上増加すると、増加額の15%を税額控除
- 前年度比2.5%以上増加すると、増加額の30%を税額控除
- 一定のくるみん認定や、えるぼし認定2段階目以上などの要件を満たすと5%を上乗せ
- 税額控除額は、調整前法人税額の20%が上限
- この上限により控除しきれなかった金額は、最長5年間繰り越し可能。ただし、繰越控除を利用する年度も、雇用者給与等支給額が前年度を上回る必要がある
中小企業向けの措置は、2027年3月31日までに開始する事業年度が対象です。以降の取扱いは今後の税制改正で決まるため、最新情報を確認してください。
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労働分配率から賃上げ余力を確認できても、実際の会社負担は給与の増加額だけでは判断できません。法人税等、会社負担の社会保険料、賃上げ促進税制、今後の資金繰りまで含めた試算が必要です。
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まとめ:労働分配率の目安は自社の賃上げ余力から判断しよう
企業規模別・業種別の平均は、あくまで参考値です。自社の労働分配率を判断する際は、過去の推移・必要な利益・労働生産性などを確認しましょう。
賃上げ前には、社会保険料・法人税等・適用できる場合の税額控除まで含めて試算することが重要です。
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