「ハワイのコンドミニアムと、現地の銀行口座がある。私が死んだら、日本の妻に相続させたい。」
もし、何の対策もせずに、あるいは日本の普通の遺言書があるから大丈夫だと思っていた場合、遺言の準備が不十分だと、プロベート(Probate)という時間もコストもかかる、厄介な手続きに、ご家族が巻き込まれることになりかねません。
プロベートとは、主に英米法圏(アメリカ、イギリス、カナダ、シンガポール、香港など)にある裁判所の手続きのことです。遺言書の有効性を確認し、資産を分配するまでのプロセス(プロベート)は、想定以上に長期化・高コスト化するリスクを伴います。
費用面についても注意が必要です。 弁護士費用や裁判所関連のコストは、資産額や構成、紛争の有無によって大きく変動し、遺産総額の数%にとどまらず、場合によっては20%を超える負担になる例も報告されています。
状況次第では、結果として遺産の相当部分が手続き費用として失われてしまう可能性も否定できません。
さらに、プロベートは原則として公開手続きであるため、遺産の内容や相続関係、家族間の事情が第三者の目に触れるリスクも伴います。資産規模が大きいほど、その影響は小さくありません。
こうしたリスクを十分に理解せずに相続を迎えると、相続人にとって時間的・金銭的・精神的な負担が長期にわたって続く可能性があります。そのため、資産内容や居住国を踏まえたうえで、適切に設計された遺言書を準備しておくことは、将来の不確実性を抑えるための重要な選択肢の一つといえるでしょう。
本記事では、国際税務の専門家の視点から、相続時に生じやすいリスクを最小限に抑えるための考え方と、日本と海外で使い分けを検討すべき2種類の遺言書の作成ルールについて解説します。
結論:国際相続では、国ごとに遺言書を作成するという考え方が有効な場合があります
「日本で作成した遺言書は、海外でもそのまま使えるのでしょうか?」
ハーグ条約(遺言の方式の準拠法に関する法律)により、日本で作成した遺言書であっても、方式面では海外で有効と認められるケースが多いとされています。
ただし、法的に有効であることと、現地の相続手続きにおいて円滑に受け入れられることは、必ずしも同じではありません。
実務上は、国ごとの法制度や手続き慣行、裁判所や金融機関の対応によって、追加書類の提出や解釈の違いが生じ、想定以上に時間やコストがかかることもあります。有効なはずの遺言書が、実際の手続きでは使いづらいと感じられる場面も少なくありません。
そのため、海外に資産を保有している場合には、各国の制度や実務を踏まえたうえで、国ごとに遺言書を用意するという選択肢が、結果的に手続きを円滑にする可能性があります。
リスク:日本の遺言書のみで海外資産に対応する場合に考慮すべき点
日本で作成した遺言書を1通のみ用いて、たとえばアメリカにある資産の相続手続きを行おうとすると、実務上、いくつかの課題に直面する可能性があります。
(1)翻訳および認証に関する負担
日本語で作成された遺言書は、英語への翻訳が必要となり、その翻訳が正確であることを公証人や専門機関によって証明するよう求められることがあります。これにより、追加の時間や費用が発生する場合があります。
(2)法的概念や用語の解釈の違い
日本の法律用語や表現が、現地の法制度や相続実務の概念と必ずしも一致しないことがあり、その結果、裁判所や金融機関が内容を十分に理解できなかったり、補足説明や追加書類を求められたりする可能性があります。
(3)手続きの長期化につながる可能性
上記の事情から、最終的には現地の裁判所での確認や審理が必要となり、当初想定していたよりも相続手続きに時間を要するケースも見受けられます。
解決策:日本資産用と海外資産用を分けて作成する併用方式(Separate Wills)という考え方
国際的に資産を保有する方の相続対策として、資産が所在する国ごとに、その国の法制度に沿った遺言書を用意する方法が、実務上検討されることがあります。特に資産規模が大きい場合や、複数国にまたがる資産を保有しているケースでは、有力な選択肢の一つとされています。
【日本の資産】
日本の法律に基づき、日本の公証役場で公正証書遺言を作成。
【アメリカの資産】
アメリカの法律に基づき、現地の弁護士に依頼してLast Will and Testament(遺言)やRevocable Trust(信託)を作成。
このように国ごとに遺言書を分けることで、それぞれの国の手続きを相互に待つことなく、独立して進められる可能性があり、結果として全体の手続き期間や実務負担を抑えられるケースもあります。
もっとも、複数の遺言書を作成する場合には注意点もあります。後から作成した遺言書が、意図せず先に作成した遺言書全体を取り消してしまわないよう、「この遺言書は特定の国または地域に所在する資産のみに適用される」といった適用範囲(Geography)を明確に記載することが重要とされています。
注意点:国際相続における自筆証書遺言の取扱い
日本では、自分で手書きする自筆証書遺言について、法務局での保管制度が整備されたこともあり、以前に比べて利用しやすくなっています。
ただし、国際相続のケースでは、自筆証書遺言は想定外の問題を引き起こす可能性がある点には注意が必要です。
なぜ手書きの遺言書は、海外の相続手続きで問題になりやすいのか?
多くの国(特に英米法圏)では、遺言書の作成には証人(Witness)の立ち会いと署名が必須要件とされています。
日本の自筆証書遺言は、一人で書いて印鑑を押すだけであり、証人がいません。このため、形式不備として海外で無効になるリスクが可能性があります。
また、手書きの遺言書は、文字の癖や略字、いわゆる崩し字が含まれることも多く、それを正確に読み取り、海外の裁判所や金融機関が理解できる形で翻訳・証明する作業は、実務上大きな負担となる場合があります。
こうした事情から、海外に資産を保有している方や、国際相続が想定される場合には、自筆証書遺言の利用について慎重に検討し、事前に専門家へ相談することが重要とされています。
公正証書遺言が比較的安心とされる理由
日本の資産について遺言を準備する場合、いくつかの選択肢がありますが、国際相続を見据えると、公証役場で作成する公正証書遺言が有力な選択肢として検討されることが多いとされています。その背景には、主に次のような点があります。
(1)公証人が関与する点
公正証書遺言は、法律の専門家である公証人が内容や形式を確認しながら作成します。そのため、形式面の不備や記載漏れが生じる可能性を抑えやすいとされています。
(2)証人が立ち会う点
作成時には原則として2名の証人が立ち会うため、証人の存在を重視する国や地域の制度に照らしても、方式面の説明がしやすくなる場合があります。
(3)公文書としての信用性
公正証書遺言は公文書であるため、海外で使用する際に翻訳を行った場合でも、文書の真正性や信頼性を説明しやすく、手続きが比較的スムーズに進むことが期待されます。
国際対応の遺言書を作成する際に意識しておきたい3つのポイント
海外の制度を踏まえた遺言書を作成する場合、内容次第では相続手続きに影響が及ぶことがあります。そのため、特に次の3点については、事前に十分検討したうえで記載しておくことが望ましいとされています。
ポイント1:準拠法の指定
日本の法の適用に関する通則法では、被相続人が遺言によって相続の準拠法(どの国の法律を適用するか)を指定することが認められています。
国際相続の場面では、一般的に日本法を指定するケースが多く見られますが、明記していない場合、現地の国際私法の規定により、想定していなかった国の法律が適用される可能性もあります。相続分や手続き内容に影響が出ることがあるため、注意が必要です。
ポイント2:遺言執行者(Executor)の指定と権限の明確化
海外の相続手続きでは、誰が手続きを進めるのかという遺言執行者(Executor または Administrator)の役割が、日本以上に重視される傾向があります。
遺言書の中で遺言執行者を明確に指名し、あわせて資産を売却する権限、税金や費用を支払う権限など、実務上必要となる権限を具体的に定めておくことで、手続きが比較的円滑に進む場合があります。
ポイント3:現地の遺言代用制度との整合性の確認
アメリカなど一部の国では、不動産や銀行口座の保有形態として、ジョイント・テナンシー(Joint Tenancy with Right of Survivorship)が用いられることがあります。この仕組みでは、共同所有者の一方が亡くなると、遺言書の内容にかかわらず、残された所有者に自動的に権利が移転します。
遺言書に特定の相続人への承継を記載していても、資産の保有形態によっては意図した通りに反映されないケースもあります。こうした齟齬を避けるためにも、遺言書の内容と資産の名義・保有形態が整合しているかを事前に確認しておくことが重要とされています。
まとめ:資産の凍結リスクを抑えるために検討したいこと
国際相続における遺言書は、相続手続きが長期化したり、想定外の負担が生じたりするリスクを軽減するための重要な備えの一つです。あらかじめ整理された遺言書を用意しておくことで、ご家族の実務的、精神的な負担を和らげられる場合があります。
次のような点について、早めに検討しておくことが望ましいとされています。
- 自筆証書遺言の扱いを見直す
国際相続が想定される場合には、自筆証書遺言が海外の手続きに適さないケースもあります。すでに作成している場合でも、公正証書遺言への切り替えを検討する余地があります。 - 資産の所在国ごとの対応を検討する
海外に資産がある場合には、現地の制度や実務を踏まえ、現地の専門家と連携して、遺言書や信託の作成を検討することが有効となる場合があります。 - 専門家による全体設計を意識する
複数の遺言書を作成する場合、それぞれの内容が矛盾しないよう、国際相続に詳しい日本の税理士や弁護士を窓口として、全体を整理・管理する方法が考えられます。
私たちは、日米をはじめとする各国の専門家と連携し、資産状況やご希望を踏まえながら、次世代への円滑な承継を目指した遺言書作成のサポートを行っています。
国際相続や遺言に関して気になる点がありましたら、まずは情報収集の一環として、お気軽にご相談ください。
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