売上が順調に伸びてくると、周囲から法人化を勧められる機会が増えてきませんか。
コストが増える懸念から、会社設立の必要性に悩む個人事業主は少なくありません。利益が上がったからといって、慌てて法人成りをする必要はありません。個人事業主のままビジネスを続けることにもメリットはあります。
国内外の税務や富裕層の資産運用を数多くサポートしてきた税理士法人ネイチャーが、個人事業主と法人の実態を検証しました。この記事では、あえて法人化をしない理由や、法人化したほうがいいケースなど損得を見極める具体的な判断目安をわかりやすく解説します。
個人のままでいるべきか、会社を設立すべきかの分岐点が明確になり、最も手残りが多くなる選択ができるようになります。最適な資産防衛の一歩として、ぜひお役立てください。
個人事業主があえて法人化しない理由
利益が増えた状況でも、会社を設立せずに個人事業主のままでビジネスを続ける資産家は少なくありません。法人化には特有のコストや制約が伴うことから、個人の形態を維持した方が有利になる局面があるためです。
具体的な4つの理由を詳しく解説します。
- 税務調査の頻度を下げるため
- 社会保険料の負担を防ぐため
- 確定申告の手続きを減らすため
- 投資資金を自由に動かすため
税務調査の頻度を下げるため
個人事業主のままでいると、法人と比較して税務調査に入られる確率を低く抑えられます。実調率(実際の調査割合)に関する国税庁の統計データにおいて、法人への税務調査実施割合は個人事業主を大きく上回る水準で推移しています。
税務調査への対応は、多大な時間と精神的な負担を伴うものです。あえて法人化を見送ることで、税務調査のリスクを遠ざけ、本業の経営に集中できる環境を維持できます。
ただし、利益が大きくなればなるほど個人事業主にも税務調査は入りやすくなりますので、この点だけを重視して法人化を避けるというのもまた、機会を逸失してしまっていると考えられます。
社会保険料の負担を防ぐため
会社を設立すると、社長が自分1人だけの会社であっても、健康保険や厚生年金などの社会保険への加入が法律で義務付けられます。法人の社会保険料は労使折半で会社側にも負担が生じる上、報酬額に応じて段階的に引き上がるため、個人事業主の国民健康保険・国民年金よりも総負担額が増加する傾向にあります。
役員報酬を高く設定するほど、会社と個人の双方が負担する社会保険料の総額は膨れ上がるでしょう。手元に残る現金を最大化するために、社会保険の強制加入を避ける選択は合理的です。逆に少額の役員報酬を設定するようなケースでは、個人事業主としての社会保険料よりも負担が軽くなることもあります。
確定申告の手続きを減らすため
個人事業主の確定申告は、一部の例外を除き比較的シンプルな手続きで完了します。一方で、法人の決算書や税務申告書の作成は複雑であり、専門的な知識がなければ自力で行うことは難しいです。
法人化をして申告書作成を税理士に委託すると、日々の帳簿づけや決算手続きに伴い、税理士報酬が毎年発生します。煩雑な事務作業の手間を省き、余計な顧問料の支出を発生させないために、個人のままでいる決断をする事業主は少なくありません。
投資資金を自由に動かすため
個人のビジネスで稼いだお金は、所得税などを支払った後であれば、いつでも自由に投資やプライベートに使えます。しかし、法人の口座に入ったお金は会社のものであり、社長が自由に引き出すことはできません。
会社のお金を個人の投資へ回すには、役員報酬や配当として税金を払ってから受け取る必要があります。実際に、個人名義で不動産物件を買い増している富裕層の事例では、資金移動の自由度や売却時の所得税率(約20%)を最優先してあえて法人化を見送っています。
法人化するメリット
会社を設立して法人化に踏み切ることで、税制上の優遇措置や資産防衛の選択肢を広げられるようになります。高所得者にとって有益となる、法人ならではの主なメリットを3つ解説します。
- 経費計上の範囲が広がる
- 所得税の負担を抑えられる
- 相続時の資産移転が円滑になる
経費計上の範囲が広がる
法人化の大きなメリットは、個人事業主では認められない多くの支出を経費として処理できるようになる点です。例えば、経営者の生命保険料の一部や、会社が家賃を支払う社宅の制度を活用することで、合法的に会社の利益を圧縮できます。
社長個人に支払う役員報酬も会社の経費となるため、法人税の課税対象となる利益を圧縮し、効率的な資産防衛が可能になります。
所得税の負担を抑えられる
個人の所得税は、利益が増えるほど税率が上がっていく累進課税という仕組みです。住民税と合わせると最高税率は55%に達します。
一方で法人税は、中小企業で利益800万超である場合おいては、利益の額に関わらず税率がほぼ一定であり、実質的な税負担は約30%前後です。年収が高くなったビジネスオーナーが法人を選択すれば、個人に適用される高い税率を避け、手元に効率よく現金を残せるようになります。
相続時の資産移転が円滑になる
将来の相続を見据えた場合、個人のままでは不動産などの資産を分割して引き継ぐことが難しく、多額の相続税が発生する原因になります。法人化して資産を会社に保有させておけば、会社の株式を少しずつ家族へ生前贈与していく方法を選択可能です。
一族の資産を個人の枠組みから法人所有へ変えておくことで、相続時の負担軽減と将来の二次相続まで見据えた計画を策定できるようになり、次の世代へのスムーズな資産移転が実現します。
法人化をしないときのデメリット
個人事業主の形態を維持することは快適ですが、一定以上の所得規模になったときには、税制上の不利益や制限を受けることになります。個人のままでいる場合の4つの注意点を解説します。
- 経費計上の範囲が狭まる
- 消費税の免税期間を逃す
- 将来の相続税が重くなる
- 金融機関の信用が落ちる
経費計上の範囲が狭まる
個人事業主は、ビジネスに直接関係のない支出を経費に算入することが厳しく制限されています。自宅の一部を仕事場にしている場合の家賃按分や、自身の生命保険料などは、法人に比べて所得から差し引ける金額が少なくなります。
個人でも工夫次第で一定の節税はできますが、法律上、経費として認められる絶対的な範囲が狭いため、所得が増えるほど課税される金額が大きくなりかねません。
消費税の免税期間を逃す
新しく会社を設立すると、資本金や売上などの要件を満たせば設立から最大で2年間は消費税の支払いが免除される特例措置を受けられます。あえて法人化をせずに個人のままでビジネスを続けることは、この消費税が免除される有利な期間を活用するチャンスを逃していることを意味します。
インボイス制度の開始後はインボイス登録(適格請求書発行事業者)を行うと免税期間であっても消費税の納税義務が発生するため、取引先への影響を考慮した慎重なシミュレーションが必要です。しかし、免税事業者の要件を満たす設計を行えば、設立当初の消費税負担を軽減できる選択肢です。
将来の相続税が重くなる
個人事業主のまま多額の現金や不動産などの資産を築き上げると、その資産はすべて経営者個人のものとして蓄積されていきます。資産の所有名義が個人のままであれば生前の財産移転対策に制約が生じ、相続が発生した段階で相続税負担によって資産が大きく目減りするリスクがあります。
生前に効果的な税金対策を行うことが難しく、残された家族に課せられる相続税の負担は著しく重くなるでしょう。
金融機関の信用が落ちる
日本のビジネス社会や金融機関において、個人事業主の社会的信用度は、法人と比較して低く見られる傾向があります。事業拡大のために銀行から高額な融資を受けようとしても、個人事業主という理由だけで審査が厳しくなったり、融資額を制限されたりすることがあります。
大手企業との取引を開始する際にも、法人の組織であることを必須条件とされるケースがあり、個人のままだと思わぬ局面で事業の成長機会を制限されかねません。
個人事業主があえて法人化しないと判断する目安
個人事業主を続けるか、法人化に踏み切るかを客観的に見極めるためには、明確な基準が必要です。目先の税率だけでなく、社会保険料や諸費用を含めた総合的な比較表を提示したうえで、3つの具体的な目安を解説します。
- 利益がまだ一千万未満
- 所得税率が逆転する水準未満
- 安定した利益が出ない
【個人事業主と法人の比較表】
| 比較項目 | 個人事業主(個人のまま) | 法人化(会社設立) |
| 適用される税率 | 15%〜55%(累進課税) | 約22%〜34%(ほぼ一定) |
| 社会保険の加入 | 国民健康保険・国民年金 | 健康保険・厚生年金 |
| 赤字のときの税金 | 発生しない | 毎年最低7万円(均等割) |
| 税務調査の確率 | 比較的低い | 比較的高い |
| 資金の自由度 | 非常に高い(いつでも引き出せる) | 低い(役員報酬として制限される) |
利益がまだ一千万未満
年間のビジネスの利益(売上から経費を差し引いた金額)が1,000万円を超えていない場合が、あえて法人化をしないという判断を下す一つの目安です。利益がこの水準を下回っている段階では、会社を設立して得られる税金面でのメリットよりも、法人を維持するためにかかる税理士報酬や均等割のコストの方が上回ってしまうためです。
まずは個人のままで事業の基盤を固めることが先決です。ただし、早期に法人化して社歴を長くすることが信用につながるケースもあります。
所得税率が逆転する水準未満
個人の税金にかかる所得税率と、法人の利益にかかる法人税率が逆転する分岐点に達していないことも重要です。具体的には、各種控除適用後の「課税所得」が900万円未満であれば所得税率が低く抑えられることから、法人税率や維持コストと比較する上での一つの目安となります。
この水準であれば個人の税率に優位性があるため、無理に法人化をして高い法人税率を適用させる必要はありません。
安定した利益が出ない
毎年の業績に変動があり、中長期的な売上や黒字の見通しが立たない時期も、会社設立を見送るべき目安となります。法人は売上がゼロの赤字決算であっても、法人住民税の均等割として毎年最低7万円の税金を維持コストとして支払い続けなければなりません。
継続的な黒字を出す見通しが立たない不安定な状態で法人化を急ぐと、会社の維持費だけで資金繰りが悪化する恐れがあります。
法人化したほうがいいケース
一方で、すでに個人事業主としての枠組みを超え、法人の形態を選択した方が明らかに手残りの現金が増えるケースもあります。会社を立ち上げるべき状況を解説します。
- 高い所得税の累進課税の負担を抑えたい
- 家族へ所得を分散したい
高い所得税の累進課税の負担を抑えたい
個人の課税所得が1,800万円や4,000万円を超え、住民税と合わせて50~55%の負担が重くのしかかっている場合は、早期に法人化をすべきです。
個人の高い税率負担を軽減し、実効税率が約30%となる会社組織に利益を移すことで、税金の支払いを数百万円から数千万円単位で圧縮できるケースも多いです。手元に残る現金を最大化するためには、法人の活用が推奨されます。ただし事前のシミュレーションは重要です。
家族へ所得を分散したい
経営者1人にすべての所得が集中している状態を解消したいときも、法人化が有効な選択肢となります。配偶者や子どもなどの親族を会社の役員や従業員として雇用し、業務実態に見合った給与を分配することで、世帯全体の税負担を下げられます。
所得を複数人に分散させることで、個人の累進税率のランクを引き下げ、家族全体のトータルの手取り額を増やす仕組みです。
個人事業主と法人化どちらが得になる?
個人事業主の形態と法人化のどちらが得になるかは、単に所得税と法人税の税率差だけで比較することはできません。手元に残る現金を最大化するためには、税金や社会保険料、そして法人維持のための諸費用を合算した「実質的なトータルコスト」で判断する必要があります。
例えば、税率差だけを理由に法人化を選択した結果、新設された社会保険料の会社負担分が増大し、個人事業主時代よりも世帯の手残りが減少する実例が見られます。さらに、法人の利益を個人へ移す際の税金や、毎年の確定申告を依頼する税理士への顧問料の増加分も考慮しなければなりません。
目先の節税という言葉に惑わされず、長期的な事業計画や、将来の資産を誰に残したいかという目的まで見据えて、どちらが得かを精緻にシミュレーションすることが最善の道です。
法人化で失敗しないポイント
会社設立の決断で後悔しないためには、事前にリスクを排除するための徹底的な準備が必要です。富裕層が確実に資産を守るために実践している2つの要点を解説します。
- 事前のシミュレーションを行う
- 将来の出口戦略まで想定する
事前のシミュレーションを行う
法人化のメリットを得るために、設立前に会社と個人の双方にかかるお金のシミュレーションを精緻に行うことが不可欠です。
役員報酬をいくらに設定すれば所得税と社会保険料のバランスが最適になるのか、法人化による経費の増加分を含めても本当に手残りが増えるのかを、数字ベースで検証してください。事前の試算を怠ると、会社を作った後に資金繰りに苦しむことになります。
将来の出口戦略まで想定する
会社を作ることだけをゴールにせず、その会社を最終的にどう処理するのかという「出口」を最初から想定して動く必要があります。
将来的に事業を第三者へ売却するのか、自分がリタイアした後に子どもへ引き継ぐのか、あるいは相続が発生したときにどのような税金がかかるのかを計算しておきます。出口を見据えた組織設計は、将来の予期せぬ税金の発生を防ぐ資産防衛です。
まとめ:あえて法人化しないかは現状から判断しよう
売上が伸びたからといって、すべての人が法人化すべきとは限りません。税務調査のリスクや資金の自由度を考慮し、あえて法人化しないという選択をとることで、個人の手残りを最大化できるケースは数多く存在します。
一方で、個人の課税所得が高い場合や、家族への所得分散、大規模な融資による事業拡大を目指す局面においては、法人化したほうが明らかに手残りの現金が増えるケースもあります。利益の規模や税率の分岐点、事業の安定性を客観的に見極め、ご自身の現在の状況に合わせて冷静に判断することが大切です。
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