米国不動産やドル建て預金など資産ポートフォリオの一部として、アメリカに資産を保有される方が増えています。しかし資産形成の段階で見落とされがちなのが相続時の出口戦略です。日本とアメリカでは相続の法制度も税制も根本的に異なります。注意すべきは裁判手続き(プロベート)による資産凍結と、独自の遺産税(Estate Tax)の仕組みです。
この記事では米国資産を持つ日本人が直面する相続の課題と対策について解説します。
日本とは全く異なるプロベート(検認裁判)
日本の相続は、相続人同士の話し合い(遺産分割協議)で解決するのが原則です。他方、アメリカでは「管理清算主義」を採用しており、原則として裁判所の監督下で遺産処理を行うプロベート(Probate)という手続きが必要となります。
資産が数年単位で凍結されるリスク
プロベートは裁判手続きであるため、裁判所が指名した人格代理人(Personal Representative, PR)が遺産を管理します。
最大の問題は時間と費用です。手続きの完了までに平均して1年半から2年、長い場合はそれ以上の期間を要します。手続きを終えるまで不動産の売却や銀行口座の解約は自由に行えません。弁護士費用や裁判費用などのコストもかかるため事前の対策がない場合、残されたご家族にとって大きな精神的・金銭的負担となります。
アメリカの遺産税と基礎控除の罠
日本は遺産を受け取った人に課税される「遺産取得課税」ですが、アメリカは遺産そのものに課税される「遺産課税」方式をとっています。
非居住者の基礎控除額は極端に低い
アメリカ市民や居住者の場合は連邦遺産税の基礎控除額は1,500万ドル(2026年基準で約24億円超)と非常に高額です。しかし日本に住む日本人(非居住者)が亡くなった場合、米国資産に対する基礎控除額はわずか6万ドル(約900万円前後)に制限されます。
特別な措置を講じなければアメリカにある資産が6万ドルを超えた時点で、高額な米国遺産税が発生するリスクがあるのです。
日米租税条約による控除枠の拡大
6万ドルの壁を回避するために重要となるのが日米租税条約の活用です。日米租税条約では日本居住者であっても以下の計算式によって、基礎控除額を拡大させることが認められています。
適用後の控除額 = 米国市民の控除額(約1,399万ドル) × (米国にある資産額 / 全世界の遺産総額)
全世界の資産のうち米国資産が占める割合に応じて、アメリカ人と同じ高額な控除枠を按分して利用できるのです。条約を適用することで米国での納税額をゼロ、あるいは大幅な圧縮が可能となるケースもあります。
申告義務は残る点に注意
注意が必要なのは「計算上で税額がゼロになる」ことと「申告が不要」なことはイコールではない点です。特例を受けるためには「Form 706-NA」をはじめとする必要書類をIRS(アメリカ内国歳入庁)へ提出しなければなりません。
申告期限は原則として死亡から9ヶ月以内であり期限を過ぎるとペナルティが課される可能性があるため、迅速な対応が求められます。
恐ろしい納税資金のショート
日米の相続実務において警戒すべきは日本の相続税納付とのタイムラグです。
日本居住者が亡くなった場合米国資産を含む全世界の財産に対して日本の相続税が課税されます。日本の相続税は死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内に現金一括納付が原則です。
問題となるのが前述のプロベートです。
- 日本
10ヶ月以内に納税現金が必要。 - 米国
プロベートにより資産が1年半以上凍結(売却も預金引き出しも不可)。
米国資産を当てにして日本の相続税を払おうと考えていると、資産はあるのに現金化できず、納税資金が不足する事態に陥りかねません。延滞税等のペナルティを避けるためにも、国内資産での流動性確保や生命保険の活用など、国際相続を見据えた入念なシミュレーションが不可欠です。
まとめ:法務と税務、両面からの対策を
米国資産の相続は、日本の税制だけでなく、米国の法制度(プロベート)や日米租税条約が複雑に絡み合います。
「日米租税条約の適用で現地での税金がかからないから安心」というわけではありません。期限内のIRSへの申告手続きやプロベートを回避するための生前信託(リビングトラスト)の組成、日本側での納税資金の確保など、多角的な事前準備が必須です。
実際にプロベートの申立てや現地での法務手続きなどが必要となる場合には、国際相続や米国法に精通した専門家を交え、日米両国の法律・税務の観点から対策を進めることが、残されたご家族の負担を軽減する鍵となります。
米国に不動産や銀行口座をお持ちの方は、将来の予期せぬトラブルを防ぐためにも、平時からの状況整理と情報収集をお勧めします。
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