会社の経営が順調で毎期、黒字が出ている企業ほど、自社株の評価額が高騰するという目に見えないリスクを抱えています。自社株の評価額が高い場合、承継する株式数や他の財産の状況によっては、後継者の贈与税・相続税負担が重くなる可能性があります。納税資金の不足や株式の分散によって、会社経営に支障が生じることもあるでしょう。
事業承継対策では、単に自社株の評価額を下げるだけでなく、経営権の確保、納税資金の準備、遺産分割、現経営者の引退後の生活資金などを総合的に検討することが重要です。早い段階から準備を進めることで、後継者の税負担や資金繰りへの影響を抑えながら、経営権を安定して引き継ぎやすくなります。
この記事では、事業承継対策が必要な理由、事業承継で起こりやすい問題、具体的な対策の進め方を解説します。自社の課題を整理し、どの対策から着手すべきかを判断するための参考にしてください。
事業承継対策の現状
日々の経営を優先し、事業承継の準備を後回しにしている会社は少なくありません。
しかし、準備が整わないまま経営者が亡くなると、自社株を含む相続財産の評価や遺産分割、相続税の申告・納税、取引先や金融機関への対応などを限られた期間内に進めることになります。
後継者が決まっていなければ、会社の意思決定や取引関係に混乱が生じる可能性もあります。遺産分割の結果、自社株が複数の相続人に分散すると、後継者が十分な議決権を確保できないことがあるのです。
事業承継は、経営者が元気で会社の業績や資金繰りが安定している段階から準備することが大切です。
事業承継対策はなぜ必要?
事業承継対策が必要な主な理由は次の3つです。自社株にかかる税負担や納税資金不足、経営権の分散という3つの観点から、事前に対策すべき理由を解説します。
- 自社株の贈与税・相続税に備えるため
- 納税資金不足を未然に防ぐため
- 経営権の分散を防ぎ円滑に移行するため
自社株の贈与税・相続税に備えるため
利益や純資産を長年蓄積している会社では、経営者が想定しているよりも、自社株の相続税評価額が高くなっている場合があります。
非上場株式の評価方法は、株主の立場や会社規模、利益、純資産、配当などによって異なります。そのため、決算書の純資産額だけを見ても、実際の相続税評価額を正確に把握することはできません。
自社株を後継者へ贈与する場合は贈与税、相続により取得する場合は相続税の課税関係を確認する必要があります。まずは現在の自社株の相続税評価額を算定し、贈与や相続、売買、法人版事業承継税制など、承継方法ごとの税負担を比較することが重要です。
納税資金不足を未然に防ぐため
自社株は評価額が高くても、上場株式のように容易に売却して現金化できるとは限りません。一方、贈与税・相続税は、原則として申告期限までに金銭で一括納付します。そのため、自社株の評価額は高いものの、後継者の手元に十分な現預金がないという問題が起こりやすくなるのです。
納税資金が不足すると、後継者個人の預貯金や不動産を取り崩したり、金融機関から借入れを行ったりする必要が生じます。状況によっては、会社の資金繰りにも影響しかねません。
ただし、一定の要件を満たす場合には、相続税・贈与税の延納、相続税の物納、法人版事業承継税制による納税猶予を申請できることがあります。
経営権の分散を防ぎ円滑に移行するため
事業承継では、株式の財産価値だけでなく、議決権を誰に集めるかも重要です。遺言等によって取得者が定められていない場合、自社株は遺産分割が成立するまで、原則として共同相続人の共有となります。その後の遺産分割によって株式が複数の相続人に分散すれば、後継者が十分な議決権を確保できない可能性があるのです。
必要な議決権割合は、普通決議か特別決議か、定款に別段の定めがあるかなどによって異なります。後継者にどの程度の株式を集中させる必要があるかを確認し、遺言や贈与、売買、種類株式などを組み合わせて検討します。
事業承継対策をいつから始めるべき?
事業承継対策は、具体的な引退時期が決まる前から始めることが望まれます。事業承継に必要な期間は会社や後継者の状況によって異なりますが、次のような準備には相応の時間がかかります。
- 後継者候補の選定と育成
- 自社株評価と株式移転方法の検討
- 納税資金の準備
- 役員や従業員との関係構築
- 取引先や金融機関への説明
- 親族間の遺産分割調整
- 現経営者の引退後の生活設計
承継直前では、選択できる方法が限られます。会社の財務状況や経営者の健康状態が安定しているうちに、現状分析から始めましょう。
事業承継対策で課題になるポイント
事業承継では、主に次の問題が生じます。事業承継を進める際に特に検討が必要となる3つのポイントについて解説します。
| 課題 | 具体的な問題 | 主なリスク |
| 税負担 | 自社株の相続税評価額が高い | 贈与税・相続税の負担が後継者に集中する |
| 納税資金 | 自社株を容易に現金化できない | 借入れや資産売却が必要になる |
| 遺産分割 | 財産の多くが自社株に偏っている | 親族間の対立や株式の分散が生じる |
黒字の蓄積で高くなった自社株に対処すること
利益を蓄積している会社では、現預金や不動産、有価証券などの資産が増え、自社株の相続税評価額が高くなることがあります。ただし、自社株の評価額は純資産だけで決まるわけではありません。
会社規模や利益、配当、株主構成などによって、適用される評価方法が異なります。まずは自社株の相続税評価額を算定し、将来の業績や株価の見通しも踏まえて承継方法を検討します。
自社株に対する納税資金を確保すること
自社株の承継に伴う納税資金については、次のような方法を比較します。
- 後継者自身の預貯金
- 現経営者への役員退職金の支給と、その後の贈与・相続を含む資金計画
- 生命保険
- 金融機関からの借入れ
- 相続後の特例を活用した自社株買い
- 法人版事業承継税制
会社から後継者へ貸付けを行う場合は、適正な利率や返済期限、担保、返済能力、返済実績を明確にし、会社の資金繰りや税務上の取扱いを確認する必要があります。
遺言書を残して、遺産分割協議を回避すること
経営者の財産の大半が自社株である場合、後継者が自社株を相続したいと考えるはずです。もし自社株に見合うだけの財産を、他の相続人に残すことができなければ遺産分割協議がまとまらない可能性があります。そのような場合の遺産相続は、かなり複雑な親族間トラブルに発展するケースがあります。
遺産分割協議を避ける代表的な方法が遺言書を残すことです。法的に認められる正式な遺言書に、自社株は後継者に相続させることを書いておけば、少なくとも自社株の相続先が誰になるか決まらず、経営がストップしてしまうということは防げます。
遺留分のリスク
遺言書を通じて後継者へ株式を集中させると、他の相続人が取得できる財産が少なくなることがあります。民法では、各相続人が最低限取得すべき割合として、遺留分が定められています(法定相続分の1/2です)。もし遺言書の内容が遺留分を侵害してしまった場合、後継者は他の相続人から、遺留分の侵害額を請求されるかもしれません。
そうなると遺留分の支払いのために、会社経営に必要なお金に手を付けなければいけなくなる可能性もあります。これを避けるためには、生前からご家族観で相続のお話をされ、会社経営は後継者の方に譲ることや、割合は偏っているが一定の財産を他の相続人にも残すことなどをしっかりと伝えておくことが重要です。
また、疎遠になってしまっており意思疎通が難しい相続人がいる場合には、遺留分の侵害額請求への備えとして、生命保険を準備しておくことも有効です。死亡保険金は通常、受取人固有の財産として遺産分割・遺留分の対象外です。そのため、仮に遺留分の侵害額請求が来たとしても生命保険金で現金を用意しておき、払えるようにしておけば、会社経営への影響を最小限にすることができます。
もちろんそのようなトラブルを回避するために、経営者の意向を遺言に残すだけでなく、生前に家族へ説明し、可能な範囲で理解を得ておくことが最も重要です。
事業承継対策を進める手順
事業承継対策は、会社の状況によって前後しますが、一般に次の流れで進めます。事業承継対策を円滑に進めるために、現状分析から具体的な対策の実行までの基本的な流れを順番に解説します。
1.自社株の相続税評価額を算定する
最初に、現在の自社株の相続税評価額を算定します。自社株の税務上の評価額を把握しなければ、贈与税・相続税の概算額や、必要な納税資金を検討できません。
非上場株式の税務上の評価に当たっては、決算書に加え、株主構成や会社規模、資産内容、利益、配当、資産の含み損益などを確認します。
2.事業承継計画を策定する
自社株の評価額を把握した後は、いつ、誰に、どの方法で事業を引き継ぐかを整理します。事業承継計画には、次の内容を盛り込みます。
- 後継者と承継時期
- 株式の移転方法
- 経営権の移行時期
- 後継者の育成計画
- 納税資金の準備
- 親族間の財産配分
- 取引先や金融機関への説明
- 現経営者の退職金と引退後の生活資金
3.具体的な対策を実行する
計画を策定した後は、会社と経営者個人の状況に合わせて対策を実行します。例えば持株会社の設立・活用については、設立方法や株式の移転方法、移行後の株式評価などを個別に確認する必要があります。持株会社を設立すれば、必ず税負担が改善するわけではありません。
親族内や社内に後継者がいない場合には、M&Aによる第三者承継も選択肢となります。各対策には、税務上・法務上の要件やデメリットがあります。自社株の評価額だけでなく、資金繰りや事業継続への影響も確認しながら進めます。
事業承継対策を成功させるポイント
事業承継対策は、制度を活用するだけで成功するものではありません。税負担の軽減と円滑な事業承継の両立を図るために、押さえておきたいポイントを解説します。
- 長期的な視点で準備を開始する
- 親族に対する事前の説明を尽くす
- 複数の専門家と連携する
長期的な視点で準備を開始する
事業承継では、時間をかけることで選択肢を広げられる場合があります。例えば、自社株を段階的に移転する方法(生前贈与)や後継者を役員として育成する方法は、短期間では十分な効果を得にくいことがあります。
前もって取り組みを開始することが重要です。
親族に対する事前の説明を尽くす
後継者に自社株を集中させる場合は、他の親族への説明が重要です。経営権を維持するために株式を後継者へ集中させる必要があっても、他の相続人から見れば財産配分が不公平に感じられることがあります。
なぜ後継者に株式を集中させるのか、他の相続人にはどのような財産を渡すのかを経営者自身の言葉で説明しておくことが望まれます。
複数の専門家と連携する
事業承継には、税務や法務、登記、金融、経営などの複数の分野が関係します。自社株評価や税務申告は税理士、法的な制度設計や紛争対応は弁護士、登記手続きは司法書士など、論点に応じた専門家との連携が必要になる場合があります。
専門家を選ぶ際は、税金の計算だけでなく、経営権、資金繰り、親族関係まで含めて事業承継を支援した実績があるかを確認しましょう。
事業承継対策の具体例
事業承継対策にはさまざまな方法があり、会社の財務状況や株主構成、後継者の状況などによって適した方法は異なります。代表的な事業承継対策の具体例とそれぞれの活用時の注意点を解説します。
- 不動産の取得
- 種類株式を活用する
- 法人版事業承継税制を検討する
不動産の取得
会社が保有する現預金で不動産を取得すると、会社の規模や適用される株式評価方式によっては、自社株の相続税評価額に影響する場合があります。土地や建物は、財産評価基本通達に基づく評価額が取得に用いた現預金の額を下回ることがあります。ただし、その差額がそのまま自社株評価額の減少につながるとは限りません。
評価会社が課税時期(相続・贈与時)前3年以内に取得または新築した不動産等については、自社株の純資産価額の計算上、通達評価(路線価等)ではなく通常の取引価額(時価)で評価するルールが定められています。
そのため、駆け込みでの不動産購入による急激な株価引き下げ効果は限定的となる点に注意が必要です。帳簿価額が通常の取引価額に相当すると認められる場合には、帳簿価額によることができます。
不動産を購入すれば、直ちに自社株の評価額が大きく下がるとは限りません。また、不動産の取得には次のリスクがあります。
- 借入金の返済負担
- 空室や賃料下落
- 修繕費や管理費
- 金利上昇
- 不動産取得税や登録免許税
- 将来の売却損
- 会社の資金繰り悪化
自社株評価だけでなく、投資採算や事業上の必要性を含めて判断しなければなりません。
種類株式を活用する
種類株式とは、議決権や配当、残余財産の分配、取得条件などについて、普通株式とは異なる内容を定めた株式です。例えば、現経営者に議決権のある株式を集中させ後継者には議決権のない株式を順次贈与することで、株価が上昇する前に株式の承継だけ済ませてしまうという方法もあります。
単に株式を生前贈与してしまうと、議決権も後継者が掌握してしまいます。会社の経営判断に滞りが出ないよう、議決権は確保しつつ、将来相続税対策が必要になる前に株式を後継者に渡してしまうことができれば、効果は大きいです。
法人版事業承継税制を検討する
対象会社や先代経営者、後継者などが所定の要件を満たす場合には、法人版事業承継税制を利用できることがあります。この制度は、後継者が非上場株式を贈与または相続等により取得した場合に、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税を猶予するものです。
納税を猶予された税額が直ちに免除されるわけではありません。後継者の死亡など、法令で定められた事由が生じた場合に、猶予税額の全部または一部が免除されます。
適用を受けるためには、会社や先代経営者、後継者、取得株式などに関する要件を満たし、都道府県知事の認定を受けたうえで、贈与税または相続税の申告時に所定の手続きを行わなくてはなりません。
適用後も、一定期間は都道府県への年次報告書と税務署への継続届出書を提出します。税務申告後5年以内は原則として毎年提出し、6年目以後は税務署へ継続届出書を3年ごとの提出が不可欠です。
認定取消事由や対象株式の譲渡等が生じた場合には、その事由に応じて、猶予税額の全部または一部と利子税の納付が必要になることがあります。税額だけでなく、将来の事業継続方針まで含めて、利用の可否を判断しましょう。
法人版事業承継税制(特例措置)の適用を受けるための特例承継計画の提出期限は、2027年(令和9年)9月30日まで延長されています(※特例措置による承継の適用期限自体は2027年12月31日までのまま変更ありません)。制度の期限や要件は変更される可能性があるため、実行時点の最新情報を確認してください。
事業承継の税務対策は税理士へ相談する
自社株評価、贈与税や相続税、会社の持株会社化、などを検討する際は、税理士への相談が重要です。事業承継では、一つの対策が複数の税金や会社の資金繰りに影響します。例えば、役員退職金の支給の場合、自社株の相続税評価額に影響する可能性がある一方、会社から多額の資金が流出するのです。
役員退職金が不当に高額なら、法人税上、その一部が損金として認められない可能性があります。不動産の取得についても、自社株評価だけでなく、借入金の返済や将来の収益に影響します。
ただし、事業承継には法務や登記も関係するため、必要に応じて弁護士や司法書士、金融機関などとの連携が欠かせません。
税理士へ相談する際は、自社株評価だけでなく、経営権や納税資金、遺産分割、現経営者の引退後の生活資金まで含めて相談しましょう。
事業承継対策の相談をするなら税理士法人ネイチャー
事業と個人資産を次世代へ円滑に引き継ぎたいとお考えの経営者の方は、税理士法人ネイチャーへご相談ください。弊社では、法人税務・相続税務の観点から、自社株評価、株式移転に伴う税負担、納税資金、役員退職金などを総合的に検討します。
事業承継対策には、すべての会社に共通する正解があるわけではありません。会社の財務状況、株主構成、後継者、親族関係、将来の経営方針によって、適切な方法は異なります。個別の状況を確認したうえで、実行可能性を考慮した事業承継計画をご提案します。
また当社では顧問契約は原則頂いておりません。そのため現在の顧問税理士様との関係は維持していただきつつ、事業承継のサポートが得意な当社へ事業承継のみのご相談をしていただくことが可能です。セカンドオピニオン先の税理士事務所として、ぜひ税理士法人ネイチャーの無料相談をご活用ください。
まとめ:事業承継対策は自社株評価と現状分析から始める
事業承継対策は、税負担の軽減を目的にしたものだけでなく、経営権の承継と事業継続を実現するための準備もあります。相続が開始すると、原則として、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に、遺産分割の検討、自社株評価、相続税の申告・納付を進める必要があります。
まずは、現在の自社株の相続税評価額、株主構成、個人資産、後継者の状況を整理しましょう。そのうえで、贈与、相続、売買、法人版事業承継税制、遺言、種類株式などの方法を比較します。
個別の事実関係や適用年度によって、税務上の取扱いは異なります。具体的な対策を実行する際は、担当税理士や弁護士などの専門家へ確認することが重要です。対策にお悩みの方はぜひ一度、税理士法人ネイチャーの無料相談へお申し込みください。
【参照】
国税庁「財産評価基本通達 第8章 第1節 株式及び出資」
国税庁「配当優先の無議決権株式の評価」
国税庁「贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」
国税庁「延納・物納申請等」
国税庁「法人版事業承継税制」
国税庁「非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等」
中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」
中小企業庁「事業承継ガイドライン」
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