事業承継は、社長の交代を決めてから準備を始めるものではありません。何から手を付ければよいかわからず、準備が進まない会社もあります。
事業承継では、自社株の評価や後継者の選定・育成、財務状況の把握、関係者への説明、承継後の経営体制づくりなどさまざまな手順が必要です。承継方法や自社の状況に応じて、早い段階から計画的に進めることが重要です。
準備が遅れると、後継者の育成や株式・資産の移転などに十分な時間を確保しにくくなる場合があります。
この記事では、事業承継の流れを初期段階から完了後のフォローまで、3つの段階に分け、それぞれの実務と必要な期間の目安を税理士が解説します。自社が今どの工程にあり、次に何をすべきかを整理できる内容です。
事業承継に向けた初期段階の流れ
事業承継の初期段階では、自社の財務状況を把握するとともに、相続税・贈与税上の自社株評価額を試算し、経営課題を整理します。全体像を確認したうえで、具体的な工程を解説します。
| 段階 | 主な作業 |
| 初期段階 | 財務分析、自社株評価額の試算、経営課題の整理 |
| 計画・準備段階 | 後継者の決定、計画書の作成、財務対策、育成 |
| 実行・完了段階 | 株式の移転、代表者の交代、承継後の体制整備 |
会社の財務状況を分析して自社株の評価額を算定する
初期段階で確認したいのが、自社株の評価額です。相続税・贈与税上の評価額を試算しておけば、株式承継に伴う税負担や納税資金の見込みを把握し、贈与・相続などの承継方法を比較しやすくなります。ただし、実際の相続や贈与の際には、その時点の状況に基づいて改めて評価する必要があります。
実務では、直近3期分の決算書や法人税申告書、株主名簿、固定資産台帳、法人加入の保険の解約返戻金などの確認が必要です。取引相場のない株式を原則的評価方式で評価する場合、会社規模は総資産価額、従業員数、取引金額を基に判定します。
決算書の純資産額と相続税評価額はほとんどの場合、一致しません。土地や有価証券、保険積立金などは、帳簿価額と相続税評価額に差が生じる場合があります。経営者個人の資産もあわせて整理しましょう。
経営者個人が保有する自社株は、相続が発生した場合には原則として相続税の対象となる財産です。預貯金や不動産など他の相続財産も含めて相続税額を試算し、納税資金をどのように確保するか検討しておくことが重要です。
自社株の評価額と将来の相続税額、双方を把握し、事業承継に向けた方向性を考えていくスタートラインとする方が多いです。
経営課題を整理して後継者に求める人材像を明確にする
自社株の評価と並行して、会社の課題を整理します。次の経営者に求める役割が明確になれば、後継者の選定基準も定めやすくなります。
収益構造や取引先への依存度、借入金と個人保証の状況、従業員の年齢構成、設備の更新時期などを確認します。技術や許認可が事業の前提となる場合は、承継後も事業を継続できるよう、必要な資格や手続きも確認が必要です。
経営課題を把握すると、親族内承継、従業員承継、M&Aのどの方法が自社に適しているかを比較しやすくなります。後継者候補を早い段階で親族だけに限定せず、複数の承継方法を検討しておくことが重要です。
事業承継の計画策定と準備段階の流れ
事業承継の準備段階では、後継者の選定と事業承継計画の策定、株式承継や財務面の対策を具体化していきます。後継者を決め、事業承継計画を作成し、自社株評価を踏まえて株式の移転方法や資金面の対策を検討するまでの流れを解説します。
- 後継者を決定して中長期的な計画書を作成する
- 自社株評価を踏まえた株式承継・財務対策を開始する
後継者を決定して中長期的な計画書を作成する
後継者や承継方針が固まったら、今後の工程を事業承継計画書にまとめます。中小企業庁の資料に掲載された調査では、後継者の育成期間について「5年以上10年未満」と回答した企業が最も多く、後継者育成には数年単位の時間を要するケースが少なくありません。 長期的な準備が必要になりますので、承継時期や役割を計画書で整理しておくことが重要です。
計画書で整理する主な項目は次のとおりです。
- 後継者と事業承継の予定時期
- 株式の移転方法(贈与、売買、相続)と時期
- 後継者の育成計画(役職、担当業務、外部での研修)
- 贈与税・相続税などの税負担と納税資金の確保方法
- 他の相続人への財産配分や遺産分割への配慮
- 取引先と金融機関、従業員への説明の時期
- 現経営者の退職金と引退後の生活資金
計画書は、必要な関係者と適切に共有できる形で作成することが望まれます。経営者だけが把握している状態では、突然の体調不良などが発生した際に、引き継ぎが滞るおそれがあります。
法人版事業承継税制の特例措置を使う場合は、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けて特例承継計画を作成し、都道府県に提出して確認を受ける必要があります。
2026年度税制改正により、提出期限は2027年9月30日まで延長されました。特例措置の対象となる贈与・相続等の期限は2027年12月31日です。一般措置には適用期限がありませんが、対象株式数や納税猶予割合、後継者数などの要件が異なります。
自社株評価を踏まえた株式承継・財務対策を開始する
計画が固まったら、財務対策に着手します。贈与や相続で株式を移転する場合、自社株の評価額は贈与税・相続税の負担に影響するためです。
自社株評価に影響する対策は、実行時期や評価方式、課税時期によって効果が異なります。役員退職金は、単純な株価引下げ策として考えるのではなく、実際の退任時期、株主総会等による支給額の確定、金額の相当性、会社の資金繰りなどを総合的に検討する必要があります。
また、純資産価額方式による評価では、会社が課税時期前3年以内に取得または新築した土地等・家屋等は、原則として課税時期の通常の取引価額に相当する金額で評価します。なお、帳簿価額が課税時期における通常の取引価額に相当すると認められる場合には、その帳簿価額によることができます。
株式を贈与・売買・相続のどの方法で移転するかによって、税負担や必要資金は異なります。後継者がその後の相続や遺贈によって財産を取得するかどうかも含め、生前贈与加算の対象となる可能性を確認する必要があります。
相続や遺贈で財産を取得した人が、被相続人から暦年課税による贈与を受けていた場合、一定期間内の贈与財産が相続税の課税価格に加算されます。
2024年1月1日以後の暦年課税による贈与については、生前贈与加算の対象期間が段階的に延長されています。2026年12月31日までに開始する相続では原則として相続開始前3年以内、2027年1月1日から2030年12月31日までに開始する相続では2024年1月1日から相続開始日までが対象となり、2031年1月1日以後に開始する相続では相続開始前7年以内となります。
なお、相続開始前3年を超えて加算対象となる期間の贈与については、その期間に贈与された財産の価額の合計額から総額100万円を控除した残額が加算対象となります。100万円は1年ごとに控除できるものではありません。
生前贈与加算の対象期間も踏まえ、株式移転は早い段階から複数の方法を比較し、事業承継全体の計画と合わせて検討することが重要です。
手法ごとの内容と注意点は、以下の記事で解説しています。
事業承継の実行と完了後の流れ
事業承継の実行段階では、株式の移転と事業承継後の体制整備を進めます。株主名簿の名義を書き換えるだけでは完了しない理由と、承継後に必要な作業を解説します。
- 株式を移転して代表者を変更する
- 新社長の体制を安定させるための引き継ぎ・体制整備を進める
株式を移転して代表者を変更する
株式を売買で移す場合は、通常、株式譲渡契約書を作成します。個人株主に譲渡益が生じた場合は、一般株式等の譲渡所得等として申告分離課税の対象になります。
なお、個人間で株式を著しく低い価額で譲渡した場合には、時価と譲渡価額との差額について、買主が贈与を受けたものとみなされ、贈与税が課される場合があります。親族間で売買する場合は、譲渡する側の所得税だけでなく、後継者側の贈与税についても確認が必要です。
贈与によって株式を移転する場合は、贈与契約書などで贈与内容を明確にし、株式の評価額や暦年課税・相続時精算課税などの課税方式を踏まえて、贈与税の申告義務の有無を確認します。
譲渡する株式が譲渡制限株式である場合は、会社法や定款に従って会社の承認手続きを行います。定款に別段の定めがなければ、取締役会設置会社では取締役会、それ以外の株式会社では株主総会が承認機関となります。
株式移転後は、株式を取得した後継者の氏名・住所などを株主名簿に記載・記録します。また、株券発行会社では、原則として株券を交付しなければ株式譲渡の効力が生じないため、自社が株券発行会社に該当するかどうかも確認が必要です。
法人税申告時には、期末現在の株主関係を踏まえて「別表二(同族会社等の判定に関する明細書)」も適切に作成します。
株式の移転と代表者の交代は、それぞれ別の手続きです。後継者を代表取締役にする場合、その後継者が取締役でなければ、まず取締役として選任する必要があります。
取締役会設置会社では、取締役会が取締役の中から代表取締役を選定します。一方、取締役会を設置していない株式会社では、定款で代表取締役を定める方法のほか、定款の定めに基づく取締役の互選や、株主総会の決議によって取締役の中から代表取締役を定められます。実際の手続きでは、自社の定款と機関設計を確認することが重要です。
代表取締役や取締役など登記事項に変更が生じた場合は、原則として変更が生じたときから2週間以内に、本店所在地で変更登記を行う必要があります。登記期間を過ぎても変更登記自体はできますが、登記を怠った場合には過料の対象となる可能性があります。
また、代表者を変更した場合は、登記だけでなく、税務署への異動届出書の提出や、金融機関、取引先、許認可の所管行政庁などへの変更手続きが必要になる場合があります。漏れがないよう、事前に必要な届出先を整理しておきましょう。
新社長の体制を安定させるための引き継ぎ・体制整備を進める
株式を移した後も、権限移譲や社内外への説明を進める必要があります。役割分担が不明確なままでは、従業員や取引先に混乱が生じる場合があるためです。
M&Aによる承継では、M&Aの成立後に行う統合作業をPMIと呼びます。中小企業庁は、成立後1年程度を集中的な取り組み期間とし、その後も継続して経営や業務の統合に取り組む流れを示しています。
親族内承継や従業員承継でも、決裁権限や前経営者の役割、社内外への周知方法を整理しておくことが重要です。
代表交代後も前社長が現場の判断に関与し続けると、従業員が指示系統に迷い、新体制の意思決定が滞るおそれがあります。前経営者の関与範囲を事前に明確にしておくことが重要です。
前経営者が事業承継後も会長や顧問などとして関与する場合は、役割や決裁権限、関与する期間をあらかじめ明確にし、新社長との役割分担を社内外に共有しておくことが重要です。
事業承継の流れにかかる期間の目安
事業承継には数年単位の準備期間がかかることがあります。特に親族内承継や従業員承継では、後継者の選定・育成や権限移譲を計画的に進める必要があるため、早めに準備を始めることが重要です。
工程ごとの期間の考え方は次のとおりです。
| 工程 | 内容 | 期間の考え方 |
| 現状の把握 | 財務分析、自社株評価額の試算、個人資産の整理 | 会社の規模や資産構成により異なる |
| 承継方法の検討 | 親族内承継、従業員承継、M&Aの比較 | 後継者候補の有無などにより異なる |
| 後継者の決定 | 候補者との意思確認、家族への説明 | 候補者や関係者の状況により異なる |
| 計画書の作成 | 移転方法、育成計画、資金計画の策定 | 計画内容により異なる |
| 後継者の育成 | 役職の付与、権限の移譲、外部での研修 | 数年単位での準備が必要になる場合がある |
| 財務対策 | 自社株評価を踏まえた株式移転方法の検討、納税資金の確保 | 選択する承継方法や対策により異なる |
| 株式の移転 | 契約、必要な社内手続き、株主名簿の名義書換、申告 | 贈与・売買・相続などの移転方法により異なる |
| 代表者の交代 | 決議、登記、各所への届出 | 法定期限を踏まえて実施 |
| 承継後の統合 | 権限移譲、組織の安定化、取引関係の維持 | 承継後も継続して取り組む |
期間は、会社の規模や後継者の経験、株主構成、承継方法によって変わります。上記の表は、各工程に一律の所要期間を示すものではなく、事業承継のスケジュールを考える際の目安として捉えてください。
複数の工程を並行して進めることも可能です。たとえば、後継者の育成と財務面の準備は並行できます。一方で、自社株評価に影響する対策を実行する場合には、会社の財務状況や評価方式、実行時期などによって結果が異なるため、現状を把握したうえで検討することが重要です。
事業承継の流れを成功に導くポイント
事業承継を円滑に進めるためには、早期の準備、具体的な計画の策定、関係者との調整、専門家への相談が重要です。準備の着手が遅れた場合に生じる影響も含め、事業承継を成功に導くためのポイントを解説します。
- 早期に着手する
- 具体的な事業承継計画書を作成する
- 関係者へ事前に説明する
- 税理士などの専門家に早めに相談する
早期に着手する
事業承継では、後継者の選定・育成や株式承継、資金面の検討などに時間がかかることがあります。準備の着手が遅れると、後継者を育成する期間を十分に確保できなかったり、株式の移転方法を比較する時間が限られたりする場合があります。
中小企業庁が2016年に公表した事業承継ガイドラインでは、「60歳」が準備着手の一つの目安として示されていました。ただし、実際に必要な準備期間は会社や後継者の状況によって異なるため、年齢だけで判断する必要はありません。後継者が決まっていない段階や具体的な引退時期が未定の段階でも、現状把握から早めに始めることが重要です。
具体的な引退時期が決まっていなくても、財務状況や株主構成の整理、自社株評価額の試算、経営課題の洗い出しなどは始められます。まずは自社の現状を把握し、事業承継に向けてどのような課題があるのか整理しましょう。
着手すべき時期の判断は、以下の記事で解説しています。
具体的な事業承継計画書を作成する
事業承継計画を作成すると、数年にわたる工程や実施時期を整理しやすくなります。後継者の育成、株式の移転、関係者への説明などについて、実施する時期や担当者を具体化しておけば、日々の経営に追われるなかでも進捗を確認できます。
計画書は作成後も定期的に見直すことが重要です。業績や後継者の育成状況、税制などが変われば、計画の前提も変化します。
自社株の評価額も会社の利益や資産状況などによって変動するため、株式を移転する時期が近づいた場合などには、必要に応じて再試算しましょう。
関係者へ事前に説明する
事業承継では、関係者への説明時期や順序も検討します。たとえば、後継者本人、配偶者や他の推定相続人、社内幹部、金融機関、主要な取引先、従業員などです。実際の順序は会社の状況や承継方法によって異なります。
相続を伴う事業承継では、後継者への株式集中と、他の相続人への財産配分をあわせて検討することが重要です。経営者個人の財産に占める自社株の割合が高い場合、後継者に株式を集中させることで、配偶者や子など遺留分を有する相続人の権利に影響する可能性があります。
そのため、相続財産全体を把握したうえで、自社株を誰に承継させるのか、その他の財産をどのように配分するのかを早い段階から検討しましょう。関係者への具体的な説明については、家族関係や承継計画、情報の機密性も踏まえ、適切な時期と順序を選ぶことが重要です。
承継の目的と財産配分の考え方を、早めに共有しておきましょう。
税理士などの専門家に早めに相談する
事業承継には、法人税・所得税・相続税・贈与税といった税務だけでなく、株式や相続に関する法務、役員変更などの登記手続きも関係します。一つの対策だけを切り離して判断すると、会社の資金繰りや相続、株式承継など、事業承継全体との整合が取れなくなる場合があります。
たとえば役員退職金は、法人側の損金算入や経営者個人の所得税に関係し、支給時期や会社の状況によっては自社株の評価にも影響します。
事業承継に詳しい税理士へ早い段階から相談し、遺留分や契約などの法務については弁護士、商業登記については司法書士など、必要に応じて各分野の専門家と連携しながら進めることが重要です。
相談先の種類と特徴は、以下の記事で解説しています。
事業承継に関するご相談は税理士法人ネイチャーへ
税理士法人ネイチャーでは、事業承継を含む税務のご相談に対応しています。事業承継では、自社株の評価や承継方法、相続・贈与、納税資金などを一体で検討することが重要です。
資産運用も扱っているため、資産全体の状況を踏まえた検討も可能です。また当社は顧問契約を原則お受けしていない税理士法人です。事業承継に特化したセカンドオピニオンの税理士事務所として、現在の顧問税理士を変更せず、事業承継のみをご相談いただくこともできます。まずは現状と今後の課題を整理するところからご相談ください。
まとめ:事業承継の流れは株価算定と長期計画の策定から始まる
事業承継は、現状把握、計画・準備、実行、承継後の体制整備という流れで進めます。親族内・従業員承継では、後継者の育成を含めて長期的な準備が必要になる場合があります。
初期段階では、自社株の評価方法と概算額を把握し、承継計画を立てることが重要です。実行時期によって税務上の取扱いが変わる項目もあるため、早めに検討を始めましょう。
税理士法人ネイチャーでは、自社株評価や事業承継に関するご相談を承っています。現在の状況を整理し、今後の進め方を検討したい方は、お気軽にご相談ください。
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