米国に不動産や金融資産を保有している場合、あるいは米国在住の親族から遺産を受け取る可能性がある場合、リビングトラスト(Living Trust)という言葉を耳にすることがあるかもしれません。
日米の相続制度には大きな違いがあり、事前の対策有無によって、遺産を受け取るまでの期間や費用、手元に残る資産額が大きく変動します。今回は、米国相続のスタンダードであるリビングトラストの基礎知識と、日本人が関与する場合の実務的な注意点について解説します。
米国相続の鍵となるリビングトラストとは
米国では、自身の資産を家族へ円滑に承継させる手段として、「リビングトラスト(Revocable Living Trust: 撤回可能生前信託)」を作成するのが一般的です。
リビングトラストとは、生前のうちに信託契約を結び、自身の資産(不動産、銀行口座、証券など)の名義を信託(Trust)に移転させる仕組みです。
設定者(Settlor)自身が生前の受託者(Trustee)を兼ねるため、資産の管理・処分権限は本人にあります。自身の死亡時や判断能力喪失時に備え、管理を引き継ぐ「承継受託者(Successor Trustee)」と、資産を受け取る「受益者(Beneficiary)」をあらかじめ指定しておきます。
本人が亡くなると、承継受託者が信託契約に基づき、資産の売却や納税、受益者への分配を実行します。リビングトラスト最大の特徴は、契約内容の柔軟性です。「死後、数年間は不動産を売却しない」「子どもが特定年齢に達するまで分割して渡す」といった細かな希望を反映させることが可能です。
プロベート(検認裁判)を回避できるメリット
米国でリビングトラストが普及しているのはなぜでしょうか。米国特有の「プロベート(Probate)」という裁判所主導の手続きを回避できるためです。
遺言書のみでトラストがない場合、遺産分割には裁判所の関与(プロベート)が必須となります。手続きには時間(通常1〜2年以上)と弁護士費用がかかるうえ、遺産の内容や遺言書自体がすべて公開情報となってしまうのです。
リビングトラストを作成していれば、裁判所を介さずに承継受託者の権限で手続きが可能です。プライバシーを守りつつ、迅速な資産承継が実現します。
例えばカリフォルニア州の場合、承継受託者側の弁護士から受益者(親族等)へ通知レターが届き、異議申し立て期間(通常120日)を経過、あるいは期間放棄の署名をすることで、スムーズに分配手続きへと進むことができます。
日本人が直面する受託者選定とコストの壁
有用なリビングトラストですが、日本に居住する親族が関わる場合には以下の注意が必要です。
- 承継受託者のなり手問題
- 専門家報酬による資産の目減り
1. 承継受託者のなり手問題
米国資産の管理・処分には、現地の金融機関との折衝や法的手続きが伴います。英語力や現地事情への精通が求められるため、日本在住の親族を承継受託者にするのは実務上困難なケースがあります。
2. 専門家報酬による資産の目減り
現地の信託会社や弁護士などの専門家(Professional Fiduciary)に受託業務の依頼も可能ですが、コストの問題が発生します。
米国の弁護士費用は時間報酬制(タイムチャージ)が主流であり、1時間あたり350ドル〜700ドル程度(州や事務所による)が目安となります。近年の為替動向(円安傾向)の影響も加わると、日本円換算での報酬額は想定以上に膨らむケースが少なくありません。 結果として受け取る遺産が大きく目減りするリスクがあるのです。
遺言(Will)との併用が必須である理由
「トラストさえあれば遺言書は不要」と考えるのは誤りです。実務上は、リビングトラストと遺言書(Will)をセットで作成するのが基本です。
これには、「Pour-over Will(プア・オーバー・ウィル)」という条項が関係します。生前にトラスト名義に変更し忘れた資産があった場合でも、死後にトラストへ資産を組み入れられるのです(プロベートの回避、または簡易的な手続きでの処理が可能になります)。
未成年の子どもがいる場合、万が一の際の後見人(Guardian)を指定するためにも遺言書は不可欠です。
専門家のサポートで適切なクロスボーダー相続を
米国資産の相続は、州ごとの法律や税制、英語での法的手続きが絡むため、非常に複雑です。トラストの内容や送られてきた英文レターの意味を誤解し、適切な対応を怠ると、思わぬ不利益を被る可能性があります。
円滑な承継のために、まずは以下の3点を整理してみましょう。
- 現状の把握
資産が個人名義かトラスト名義かを確認し、プロベートの要否を判断する。 - 期限の確認
日米それぞれの税務申告・手続きの期限を把握し、逆算してスケジュールを立てる。 - 役割の切り分け
自分で対応できる範囲と、日米の法制度に精通した専門家の力が必要な範囲を明確にする。
米国資産の手続きは時間が経つほど難易度が上がる傾向にあります。手元の資料を整理し、不明点がある場合は専門家へ客観的な意見を求めることが、資産を守る第一歩となります。
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