後継者は決まっているのに、何をどの順番で進めればいいのか分からないまま時間が過ぎているとお悩みではありませんか。事業承継の手続きは、株式を渡して社長を交代させれば終わりではありません。
事業承継では、後継者や承継方法に応じて、株式の移転、株主総会・取締役会などの社内手続き、法務局での役員変更登記、税務署への届出など、さまざまな対応が必要になります。
必要な決議や書類の準備が不十分なまま進めると、登記手続きに追加対応が必要になったり、予定していた時期に承継を完了できなかったりする可能性があります。
また、株式を贈与・相続・売買のいずれの方法で引き継ぐかによって関係する税金や申告・納付の時期が異なるため、税務上のスケジュールもあらかじめ確認しておく必要があります。
この記事では、事業承継に必要な書類や手続きの流れ、完了までの期間、税金が発生するタイミングを順に整理します。事業承継を検討している経営者が、自社の現在地を確認し、次に必要な手続きや書類を整理できるように解説します。
事業承継の手続きで準備すべき必要書類
事業承継で必要となる書類は、大きく「登記関係」「税務関係」「社内手続・保管関係」に分けて整理できます。必要書類や期限は承継方法によって異なるため、全体のスケジュールを確認しながら準備することが重要です。
| 主な書類 | 提出・保管先 | 期限の目安 | |
| 登記関係 | 登記申請書 株主総会・取締役会議事録 就任承諾書 株主リスト 本人確認証明書など(必要に応じて) |
法務局 | 役員変更など登記事項に変更が生じた場合は、原則2週間以内 |
| 税務関係 | 異動届出書(代表者変更など) 贈与税申告書(贈与の場合) 相続税申告書(相続の場合)など |
税務署など | 異動届出書は異動後速やかに。贈与税は原則として贈与を受けた年の翌年2月1日~3月15日、相続税は原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内 |
| 社内手続 保管関係 |
株式譲渡契約書(売買の場合) 贈与契約書(贈与の場合) 譲渡承認請求書・承認決議の議事録(譲渡制限株式の場合) 株主名簿など |
会社 | 承継方法や定款の定めに応じて、必要な承認手続や株主名簿の更新を行う |
上記は一般的な書類の例であり、すべての事業承継で同じ書類が必要になるわけではありません。会社の機関設計や定款、株式の譲渡制限の有無、売買・贈与・相続などの承継方法によって必要書類は異なります。
具体的な契約書や申請書類の準備は、後継者と承継方法を固めた段階から本格化します。ただし、事業承継の検討初期から、直近数期分の決算書や税務申告書、株主名簿、定款などを確認し、会社の財務状況や株主構成を把握しておくことが重要です。
また、法人版事業承継税制などの制度を利用する場合は、通常の登記・税務手続とは別に認定申請などが必要になる場合があります。利用する制度を決めたうえで、必要書類と提出期限を個別に確認しましょう。
事業承継の手続きの流れ
事業承継の手続きは、一般的な流れとして、現状分析から承継の実行まで4つの段階に整理できます。
- 自社の現状を分析し、自社株の評価額を算定する
- 親族内や役員・第三者から後継者を選定する
- 経営権の移行に向けた事業承継計画を策定する
- 株式などの承継を実行し、必要な手続きを行う
1. 自社の現状を分析し、自社株の評価額を算定する
まず、自社の経営・財務状況や株主構成を整理し、必要に応じて自社株の評価額を確認します。親族内承継などで非上場株式を贈与・相続する場合には、相続税・贈与税上の株価を把握しておくことが重要です。
非上場株式の税務上の評価額は、決算書に記載された純資産額をそのまま株式数で割って求めるものではありません。会社規模や株主の区分などに応じて評価方法が異なります。
専門的な計算が必要なため、税理士に依頼するのが一般的です。
あわせて、経営者個人の自宅や預貯金、有価証券、生命保険の契約内容なども整理しておきます。自社株だけでなく、これらの財産も踏まえて将来の相続税額や遺産分割、納税資金を検討する必要があるためです。
2. 親族内や役員・第三者から後継者を選定する
次に、誰に事業を引き継ぐのかを検討します。承継先によって必要な手続きや税金、資金面の課題が異なります。
親族内承継では贈与税・相続税、役員・従業員への承継では株式の買取資金、第三者へのM&Aでは買い手探しや条件交渉などが主な論点になります。
同じ事業承継でも、誰に、どの方法で引き継ぐかによって手続きの内容は大きく変わります。
後継者候補が決まったら、本人の承継意思や条件を十分に確認し、具体的な準備を進めます。また、借入金があり経営者保証を付けている場合には、金融機関への相談も早めに行うことが重要です。
事業承継時の経営者保証は、旧経営者から後継者へ当然に引き継がれるものではなく、金融機関との間で保証の必要性などを改めて検討することになります。
3. 経営権の移行に向けた事業承継計画を策定する
後継者が決まったら、いつまでに何をするかを計画書にまとめます。口頭の約束のままにせず、関係者が同じ資料を見られる状態にすれば、担当者が代わっても進行は止まりません。
計画を文書化して関係者と共有しておけば、株式や経営権の移行時期、後継者育成などについて共通認識を持ちながら準備を進めやすくなります。
事業承継計画では、たとえば次のような事項を検討します。
- 株式を移転する時期や株数
- 贈与・売買・相続などの承継方法
- 後継者の育成や役職・権限を移す時期
- 取引先や従業員への説明時期
- 金融機関との調整時期
- 税金や株式取得資金の準備
中小企業庁は、後継者の育成も考慮すると、事業承継の準備には5年~10年ほどかかるとしています。
贈与や相続によって自社株を承継する場合には、株式の税務上の評価額が贈与税・相続税の負担に影響するため、株価の水準や承継時期も計画を立てる際の重要な検討事項です。
具体的な株価対策はこちらで解説しています。
4. 株式などの承継を実行し、必要な手続きを行う
最後は、計画に沿って株式や経営権の承継を実行する段階です。株式を売買によって承継する場合は、まず定款を確認し、対象株式に譲渡制限があるかを確認します。
譲渡制限株式については、会社の承認が必要です。ただし、承認申請と株式譲渡契約の順序が法律上すべてのケースで一律に決まっているわけではありません。契約条件や定款を確認しながら、譲渡承認、契約、代金決済、株主名簿の名義書換など必要な手続きを進めます。
また、株式の取得を会社などに対して主張するためには、原則として取得者の氏名・住所などを株主名簿に記載または記録する手続きが必要です。
経営者の交代に伴って新たな取締役を選任する場合は、株主総会で取締役を選任します。その後、会社の機関設計や定款に従って代表取締役を選定し、必要な変更登記や税務上の届出を行います。
このように、事業承継の手続きは株式を移転するだけで完了するものではありません。会社の定款や株主構成、承継方法を確認しながら、法務・税務・金融機関への対応を並行して進めることが重要です。
事業承継の手続きに必要な完了までの期間
後継者の育成を含めて考えると、事業承継の準備には5~10年ほどかかることがあります。一方、後継者や承継方法が決まった後の株式移転、役員変更登記、税務上の届出などに要する期間は、会社の状況や承継方法によって異なります。
M&Aによる第三者承継では、相手探しに加えて、条件交渉、デュー・ディリジェンス(DD)、最終契約などの手続きが必要です。M&Aを進めるために行動を起こしてから、1年以上の期間がかかることもあります。
特に、後継者の育成や株式・経営権の移行、金融機関との調整などには時間がかかることがあるため、登記や届出の期限だけでなく、事業承継全体のスケジュールを早めに立てておきましょう。
手続きの主な期限・対応時期は、次のとおりです。
- 役員変更登記の期限は変更から2週間
- 税務署への異動届出書は、代表者の変更などの異動後速やかに提出
- 株式を譲渡した場合は、承認手続や株主名簿の名義書換まで確認する
役員変更登記の期限は変更から2週間
代表取締役や取締役など、登記事項となっている役員に変更が生じた場合は、原則として登記の事由が生じた時から2週間以内に、本店所在地を管轄する法務局へ変更登記を申請します(会社法915条1項)。
必要な登記を期限内に行わなかった場合は、100万円以下の過料の対象となる可能性があります(会社法976条)。2週間という期限を踏まえ、役員交代の日程が決まった段階から必要書類を確認しておくことが重要です。
主な必要書類は次のとおりです。
- 登記申請書
- 株主総会議事録
- 就任承諾書
- 印鑑証明書
- 本人確認証明書
- 株主リスト
印鑑証明書の対象者や本人確認証明書の要否は、取締役会の設置の有無や再任か新任かによって異なります。取締役会設置会社では取締役会議事録も加わります。
株主総会決議を要する登記などでは、一定の場合に「株主リスト」の添付が必要です。対象となる決議について議決権を行使できる株主のうち、議決権数の上位10名または議決権割合が3分の2に達するまでの株主など、法務省が定める範囲を記載します。株主リストは株主名簿とは別の書類です。
取締役や代表取締役などの変更登記にかかる登録免許税は、原則として申請1件につき3万円です。ただし、資本金が1億円以下の会社は1万円です。
税務署への異動届出書は、代表者の変更などの異動後速やかに提出
代表者が変わったら、納税地を管轄する税務署へ異動届出書を提出します。決算や申告の時期とは関係なく、変更後すみやかに出しましょう。
また、地方税についても、都道府県や市区町村への異動届が必要となる場合があります。提出先や様式、添付書類は自治体によって異なるため、会社所在地の自治体で確認しましょう。税務署へ提出する異動届出書について、現在、国税庁は添付書類を「なし」としています。地方税は自治体ごとに取り扱いが異なります。
事業承継では、役員変更の登記を終えただけで手続きが完了するとは限りません。登記と税務上の届出をそれぞれ確認し、漏れがないように進めることが重要です。
株式を譲渡した場合は、承認手続や株主名簿の名義書換まで確認する
株式譲渡に伴って作成する書類の中には、法務局や税務署へ提出するものだけでなく、会社や当事者が保管するものもあります。
たとえば、譲渡制限株式の場合の譲渡承認請求書や承認決議の議事録、株式譲渡契約書、株主名簿などです。実際に必要となる書類は、定款や株式の種類、譲渡方法などによって異なります。
特に重要なのが、株主名簿の名義書換です。株式を取得した者は、原則として、その氏名・住所などを株主名簿に記載・記録しなければ、会社などに対して株式の取得を主張することができません(会社法130条)。
そのため、株式譲渡契約を締結した時点で手続きがすべて終わったと考えず、必要な譲渡承認手続や代金決済、株主名簿の名義書換まで確認しましょう。
株主名簿を更新しないまま時間が経過すると、後から株主構成や株式移転の経緯を確認する際に、過去の契約書や議事録などをさかのぼって確認する必要が生じることがあります。
個人の廃業・開業手続きに関する書類はこちらで解説しています。
事業承継の手続きに伴う税金
事業承継では、自社株を売却・贈与・相続のどの方法で引き継ぐかによって、税金を負担する人や課税の仕組み、申告・納付の時期が異なります。
主な税金は次のとおりです。
- 自社株の売却時には売主に所得税・住民税が発生する
- 自社株の贈与時には後継者に贈与税が発生する
- 自社株を相続した場合は相続税が発生する
自社株の売却時には売主に所得税・住民税が発生する
経営者個人が保有する非上場の自社株を有償で譲渡し、譲渡益が生じた場合は、原則として売主である経営者に所得税・復興特別所得税・住民税がかかります。非上場株式などの「一般株式等」に係る譲渡益は申告分離課税となり、所得税15%、住民税5%に加えて復興特別所得税がかかるため、税率は合計20.315%となります。
譲渡益は、原則として次のように計算します。
譲渡価額 – 取得費 – 譲渡費用 = 譲渡益
ただし、非上場株式を時価と比べて著しく低い価額で譲渡すると、通常の売買とは異なる課税関係が生じることがあります。
たとえば、個人間の著しい低額譲渡では、買主が時価と対価との差額を贈与により取得したものとみなされ、贈与税の対象となる場合があります。また、法人への低額譲渡では、売主側・法人側の双方について別途税務上の検討が必要です。
譲渡所得について確定申告が必要な場合、原則として譲渡した年の翌年2月16日から3月15日までに申告します。所得税・復興特別所得税も原則として申告期限までに納付します。住民税は翌年度に課税されます。
【シミュレーション: 設立30年以上、全株式を保有するオーナーがM&Aで売却した場合】
- 譲渡価額: 3億円
- 取得費(設立時の出資額): 3,000万円
- 譲渡費用(仲介手数料など): 500万円
- 譲渡所得: 2億6,500万円
- 税額: 約5,383万円(2億6,500万円 × 20.315%)
譲渡価額3億円から譲渡費用500万円と税額約5,383万円を差し引くと、手元に残るのは約2億4,100万円です(売却代金の約8割)。このように、株式売却の代金を受け取った時点と、所得税・住民税の実際の納付時期は異なります。売却代金をすべて事業や投資などに充ててしまうと、後から納税資金が不足するおそれがあるため、あらかじめ税額を試算しておくことが重要です。
※上記は、国内居住の個人株主が保有する非上場株式を売却するケースを単純化した試算です。実際の税額は取得費・譲渡費用の認定や所得控除の状況、取引条件などによって異なる場合があります。
自社株の贈与時には後継者に贈与税が発生する
生前贈与によって自社株を無償で引き継ぐ場合、原則として株式を取得した後継者が贈与税の納税義務者となります。
ただし、暦年課税の基礎控除や相続時精算課税などの適用により、贈与税額が生じない場合もあります。贈与税の申告が必要な場合、申告・納付期間は原則として贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までです。
自社株の贈与では、贈与税が生じる場合には後継者は別途納税資金を確保する必要があります。
そのため、自社株の評価額や贈与する株数、贈与時期、後継者の納税資金などを事前に確認しておくことが重要です。
一定の要件を満たす場合には、法人版事業承継税制により、非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税猶予を受けられることがあります。
適用を受けるには、経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定に加え、税務申告や担保提供など所定の手続きが必要です。
法人版事業承継税制の特例措置を利用するために必要な「特例承継計画」の提出期限は、2027年9月30日です。また、特例措置の対象となる贈与・相続等は、原則として2027年12月31日までに行う必要があります。
ただし、対象株式を譲渡するなど一定の「確定事由」に該当した場合には、納税猶予されていた税額の全部または一部と利子税を納付する必要があります。適用後も継続保有や届出などの要件があるため、制度利用後の管理にも注意が必要です。
自社株を相続した場合は相続税が発生する
経営者の死亡により自社株を相続する場合、その株式は原則として相続税の課税対象となる財産に含まれます。
ただし、相続税が実際に生じるかどうかは、自社株を含む課税価格の合計額や基礎控除、各種特例などによって異なります。
相続税の申告・納付が必要な場合、その期限は原則として被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。
相続では、この10か月の間に自社株を含む財産の評価、遺産分割、相続税の計算、納税資金の準備などを進める必要があります。
遺言などで自社株の取得者が決まっていない場合、遺産分割が終わるまで、相続した株式が複数の相続人による共有状態となることがあります。
この場合、原則として、株式について権利を行使する者1人を定めて会社へ通知しなければ、その株式に係る議決権などを行使できません。ただし、会社が権利行使に同意する場合は例外があります(会社法106条)。
また、非上場の自社株は上場株式のように市場で容易に換金できないため、株式の評価額が高く相続税負担も大きくなるケースでは、納税資金の確保が課題となることがあります。
自社株の評価額だけでなく、預貯金などの納税原資や事業承継税制の利用可能性も含めて、生前のうちに確認しておきましょう。
事業承継の手続きを依頼するなら税理士法人ネイチャー
事業承継の手続きには、さまざまな専門家が関わります。進める順番と時期を決めるのは、株式の評価額、後継者の有無です。
自社株の評価や後継者の納税資金対策、売却資金の運用は、税務上の判断と密接に関連しています。事業承継の手続きと税務対策を別々の窓口で個別に進めると、承継に対して想定よりも大きい税金が発生するなど、全体として最適な結果にならない恐れがあるので注意しましょう。
税理士法人ネイチャーは、法人の税務と個人の資産税を一体で扱い、税務の観点から財産全体を見渡したご相談に対応しています。自社株と個人資産を長く持つ方ほど、まとめて検討する意味が大きくなります。ぜひ一度お問い合わせください。
まとめ:事業承継の手続きは税務リスクを把握して進める
事業承継の手続きで押さえるポイントは3つです。
- 書類は法務局提出・税務署提出・社内保管の3系統に分かれ、登記は変更から2週間以内と期限が短い
- 税金の申告・納付期限は、売却(所得税)や贈与なら翌年3月15日、相続は10か月以内
(※株式売却に伴う住民税の納付時期は6月以降となり異なります) - 事務手続き自体は数か月でも、後継者の育成を含めると5年から10年かかる
最初に確認すべきは、現在の自社株の評価額と株主名簿です。数字と株主構成がはっきりすれば、どのような事業承継が考えられるのか、選択肢を出せます。個別の判断については当法人までご相談ください。
税理士法人ネイチャーでは、事業承継に関するご相談を承っています。「自社株が今いくらか知りたい」「どのタイミングで株式を後継者に承継するべきか知りたい」「売却後の資金をどう残すか整理したい」という段階からで構いません。会社と個人の資産をまとめて見直したい方は、お気軽にご相談ください。
資産運用や税金対策についてどんな不安や疑問もコンサルタントが丁寧にお答えします。
お客様の保有資産をさらに増やすための最適な提案を数多くの選択肢からご提供します。
豊富な経験と、投資や税務の様々な視点から、お客様にあった税金対策を提案します。
相続税の不安やお悩みに、専門チームが最適な対策をご提案します。



