先代から受け継いだ農地と経営を次の世代へどう引き継ぐか。答えを出せないまま年数だけが過ぎている経営者は少なくありません。
農業の事業承継が難しい理由は、一般的な会社の引き継ぎと違い、農地法など農地特有の権利移転ルールがあるためです。手続きの順番を誤れば許可が下りず、納税猶予の適用を受けている農地を譲渡・転用したり、農業を廃止したりすると、一定の場合には猶予されていた税額の全部または一部と利子税を納める必要があります。
この記事では、農地の承継に必要な許可・届出、農地法による制限、納税猶予の注意点、そしてM&Aなどによる第三者承継の選択肢を解説します。この記事を読むことで、自らの農地と経営をどの順番で、いつまでに引き継ぐべきかを検討するためのロードマップが明確になるでしょう。
農業の事業承継で必要な手続き
農業の承継では、通常の会社の引き継ぎに加えて農地の許可や届出が必要になります。誰に、いつまでに提出するのかを先に整理します。
| 手続きの内容 | 提出先 | 期限の目安 |
| 相続で農地を取得した際の届出 | 農業委員会 | 相続発生日からおおむね10か月以内 |
| 生前贈与・売買などによる農地の権利移動の許可(農地法3条) | 農業委員会 | 権利移動の前 |
| 農地を農地以外にする転用の許可(農地法4条・5条) | 都道府県知事など※市街化区域内は農業委員会へ届出 | 転用の前 |
| 農地の貸し借り | 農業委員会(農地法3条許可)または農地バンクを通じた手続 | 貸借を始める前 |
| 法人の株式移転計画・役員変更、個人の廃業・開業届 | 法務局・税務署・会社内手続など | 引き継ぎのタイミングに応じて |
農地法では、相続等により農地の権利を取得した場合、農業委員会へ遅滞なく届け出ることとされています。農林水産省では、相続の場合について「相続発生日からおおむね10か月以内」と案内しています。相続後は期限ぎりぎりまで待たず、農地の所在地を管轄する農業委員会へ速やかに確認しましょう。
農業委員会へ農地移転の許可申請を行う
農地を売買・贈与・貸借する場合は、原則として農地法3条に基づく農業委員会の許可など、所定の手続きが必要です。耕作しない人へ農地が渡らないよう、農地法が取得できる人の条件を定めているためです。
見落とされやすいのが、許可を受けずに行った売買や贈与による農地の権利移転は、原則として効力が生じない点です。名義変更の登記もできません。
一方、相続で農地を取得した場合は許可の対象外となり、代わりに農業委員会への届出が求められます。届出を怠れば10万円以下の過料の対象になる可能性があるため、取得後は速やかに届け出てください。農地の相続等の届出(農地法第3条の3)は、法務局に対する相続登記とは別の手続きです。
貸し借りのルールも変わりました。2025年4月以降、市町村が作成する農用地利用集積計画による相対の利用権設定は、農地中間管理機構、いわゆる農地バンク(農地中間管理機構)を経由する農用地利用集積等促進計画に一本化されました。
ただし、農地法3条の許可を受けて農地を貸し借りする方法は、2025年4月以降も利用できます。承継後に農地を貸し出す予定がある方は、早めに手順を確認しておきましょう。
なお、2023年4月に施行された農地法の改正で、取得後の経営面積を問う下限面積要件は廃止されました。農地の一部を親族外の若手へ分けて引き継ぐような設計も、以前より検討しやすくなっています。
ただし、下限面積要件以外の許可要件は残っています。農地のすべてを効率的に利用できるか、必要な農作業に従事するか、周辺の農地利用に支障がないかなどが審査されるため、下限面積要件が廃止されたからといって自由に取得できるわけではありません。
法人や個人事業主としての基本手続きを進める
農地の手続きと並行して、経営体そのものを引き継ぐ手続きも進めます。農業法人なら株式の移転や役員の変更、個人経営なら廃業と開業の届出が中心です。
農業法人で特に注意したいのは、農地所有適格法人、すなわち農地を法人名義で所有できる農業法人の要件を承継後も満たし続けられるかという点です。
主な要件として、主たる事業が農業(自ら生産した農産物の加工・販売などの関連事業を含む)であり、その売上高が法人全体の売上高の過半を占めること、農業関係者が総議決権の過半を占めること、役員の過半数が法人の農業に常時従事する構成員であることに加え、役員または重要な使用人のうち1人以上が農作業に従事することなどがあります。
後継者への株式移転計画によって議決権の構成が変わったり、役員変更によって役員要件から外れたりすれば、農地所有適格法人の要件を満たさなくなる可能性があります。
農地所有適格法人には、毎事業年度の終了後3か月以内に、権利を有する農地の所在地を管轄する農業委員会へ事業状況等を報告する義務があります。報告を怠った場合には、30万円以下の過料に処される可能性があるため注意が必要です。株式の移転計画と役員体制の見直しは、同時に検討する必要があります。
一般的な会社の引き継ぎ手続きや個人事業主の廃業・開業手続きについては、以下の記事で詳しく解説しています。
農業の事業承継の課題
規模の大きい農業法人ほど、後継者不在が経営全体の存続に直結します。
農林水産省の2025年農林業センサスの確定値によると、個人経営体において、ふだん仕事として主に自営農業に従事する基幹的農業従事者は103万6,000人で、5年前から24.0%減りました。平均年齢は67.7歳で、65歳以上は約69.6%を占めます。
一方、法人経営体は3万4,000経営体と10.1%増え、農業経営体全体が22.3%減るなかで法人経営体は増加。農業経営体の減少が続く一方で法人化や規模拡大が進んでいるため、経営規模の大きい農業法人では、経営者の引退に備えて早期に後継者や承継方法を検討する重要性が高まっています。
さらに、2023年施行の改正農業経営基盤強化促進法により、市町村は地域の農地を将来誰が利用するかを示す地域計画を策定することとなりました。
農地バンクは、原則として地域計画に位置付けられた受け手に農地の貸付けを行います。そのため、後継者や譲受候補者が目標地図に位置付けられていない場合には、地域計画への位置付けや変更など、必要な手続きを市町村や農業委員会へ確認することが重要です。地域計画は随時変更できるため、後継者や譲受候補者が決まった段階で、市町村や農業委員会へ相談してください。
大規模経営では機械や施設への投資額が大きく、借入金やリース契約も残ります。補助金で取得した資産がある場合は、譲渡や処分に承認が必要となったり、条件によっては補助金の返還を求められたりする可能性があります。後継者不在の影響は農地だけにとどまりません。
農業の事業承継にかかわる農地法の制限
農地の資産価値は、転用、すなわち農地を農地以外の用途に変えられるかどうかによって大きく変わる場合があります。農業振興地域制度や農地法が、立地条件によって農地を区分し、転用の許可基準を定めているためです。
| 農地の区分 | 転用許可の見込み |
| 農用地区域内農地、いわゆる青地 | 原則として転用禁止。転用する場合は、原則として農用地区域からの除外手続き等が必要 |
| 甲種農地・第1種農地 | 原則として不許可。例外的に認められる場合のみ可 |
| 第2種農地 | 周辺のほかの土地で目的を達成できない場合などに許可 |
| 第3種農地 | 原則として許可 |
| 市街化区域内の農地 | 許可は原則として不要で、農業委員会への事前届出が必要 |
同じ面積の農地でも、第3種農地と農用地区域内農地とでは、想定される取引価格が異なる場合があります。
ただし、農地の価格は区分だけで決まるものではありません。接道状況、土地の形状、権利関係、上下水道の整備状況、実際に転用許可を受けられるかなどによっても変わります。
承継の設計に入る前に、所有する農地がどの区分に当たるかを農業委員会や市町村の農政担当窓口で確認してください。区分や利用条件を把握しないまま遺産分割の割合だけを決めれば、相続人の間で受け取る資産の実質的な価値に差が生じる可能性があります。
なお、農地転用上の区分と、相続税評価における「純農地」「中間農地」「市街地周辺農地」「市街地農地」は、それぞれ目的の異なる区分です。ただし、両者は無関係ではなく、相続税評価上の農地区分を判定する際には、農地法や農業振興地域制度、都市計画法上の区分も考慮されます。そのため、相続税評価を行う際は、税務上の評価区分を別途確認する必要があります。
農業の事業承継で使える納税猶予の注意点
納税猶予を適用すると、一定の要件のもとで相続税の納付を猶予できるため、相続時の納税負担を大きく抑えられる場合があります。一方、途中で農業をやめたり、対象農地を譲渡・転用したりすると、猶予税額の全部または一部と利子税の納付が必要になる場合があります。
農業を途中で廃業した際の税金リスクを把握する
農地等の相続税・贈与税の納税猶予は、一定の要件の下で農業を続けることなどを条件とした制度です。相続税の納税猶予では、農地を通常の相続税評価額ではなく農業投資価格で評価するわけではありません。
通常の評価方法によって算定した特例対象農地等の価額のうち、農業投資価格による価額を超える部分に対応する相続税額について、納税が猶予されます。農業投資価格とは、農地が恒久的に農業に利用されることを前提として算定される価格です。
ただし、対象となる農地は限られます。市街化区域内の農地については、所在地や生産緑地等の指定状況により、適用の可否や営農継続期間が異なります。猶予される金額が大きいほど、打ち切られたときの負担も大きくなるのです。
【シミュレーション: 個人で農業を営む経営者から農業後継者が農地を相続する場合】
- 承継する農地の相続税評価額: 1億5,000万円
- 農業投資価格による価額: 1,500万円
- 農業投資価格を超える部分: 1億3,500万円
この1億3,500万円は、猶予税額そのものではありません。この差額に対応する相続税額が、農業相続人が引き続き農業経営を行う等の一定要件のもとで納税猶予の対象となります。
実際の猶予税額は、農地以外の遺産、債務、相続人の数、財産の取得割合、各種控除などによって異なります。
※金額は説明のための仮定です。実際の評価額や猶予税額は、農地の所在地・区分・面積や相続財産全体の内容によって異なります。
なお、農業法人が所有する農地は法人の財産です。法人オーナーが死亡した場合、原則として相続の対象になるのは法人の株式であり、法人所有の農地をオーナー個人が直接相続するわけではありません。
相続税の納税猶予税額が免除される主なケースとして、農業相続人が死亡した場合や、一定の要件を満たして特例農地等の全部を農業の後継者へ生前一括贈与した場合などがあります。
一定の市街化区域内農地については、20年間の営農継続により免除される場合もありますが、所在地や農地の種類、適用時期などによって取扱いが異なります。すべての農地について一律に生涯営農が必要、または20年間で免除されるわけではありません。
一方、打ち切りの主な条件は3つに整理できます。
- 農業経営を廃止した場合
- 3年ごとの継続届出書を期限までに提出しなかった場合
- 特例農地等の面積の20%を超える農地について譲渡等をした場合
特例農地等の面積の20%以下について譲渡等をした場合ここでいう譲渡等には、売却や贈与、転用だけでなく、一定の賃借権等の設定や耕作放棄も含まれます。
例えば、相続から8年後、経営者が納税猶予の対象となっている農地の30%を資材置き場として第三者に貸し出したとしましょう。
この貸付けについて農地を資材置き場として転用し、賃借権等を設定したことが「譲渡等」に該当し、納税猶予を継続できる特例にも該当しない場合には、特例農地等の面積の20%を超える譲渡等として、原則として猶予税額の全額と利子税の納付が必要になります。
資材置き場として使用する場合は、納税猶予とは別に、農地転用の許可または届出も必要です。
一方、農地バンクへの一定の貸付けである特定貸付けや病気などで営農が難しくなった場合の営農困難時貸付けであれば、必要な手続きを行うことにより、納税猶予を継続できる場合もあります。
農地を売却・転用・貸付けする前に、税務署や担当税理士、農業委員会への確認が欠かせません。
農業の事業承継にM&Aを活用する選択肢
後継者がいなくても、M&Aにより農地の耕作や雇用を維持しながら、経営を引き継げる可能性があります。農外企業への譲渡で押さえるべき農地法上の要件と実務での対応を解説します。
農外企業への第三者承継でリタイア資金を確保する
食品メーカーや外食企業などが、原材料の安定確保などを目的に農業への参入や産地との連携を検討する例もあります。
譲渡価格や契約条件によっては、経営者が引退後の資金を確保でき、従業員の雇用と農地の耕作を維持できる可能性があります。
ただし、農業ならではの制限があります。
農外企業が総議決権のすべてを取得すると、通常は農地所有適格法人の議決権要件を満たせなくなるため、法人による農地所有を前提とした承継スキームをそのまま維持できない可能性があります。ただし、一定の認定を受けた場合には議決権要件の特例が設けられています。
農外企業への承継を検討する場合には、農地所有適格法人としての要件を維持できる資本・役員構成とする方法や、農地を所有する主体と農業を経営する主体を分け、買い手側が農地を借りて経営する方法などを検討することがあります。
ただし、農地の所有権を先代個人や別法人へ移転する場合には、その移転自体について農地法上の要件や許可等を確認する必要があります。一般法人が農地を借りて参入する場合にも、解除条件付き貸借など一定の要件を満たす必要があります。
また、M&Aの方法によって必要な手続きが異なります。
株式譲渡の場合、株主(所有者)は交代しますが、農地を所有する法人自体(名義人)は変わりません。そのため、農地の権利移動(名義変更)そのものが生じないため、原則として農地法第3条の許可は不要です。
ただし、株式譲渡後も農地所有適格法人の議決権要件や役員要件を満たしているかを確認する必要があります。
一方、事業譲渡や資産譲渡によって、農地の所有権や賃借権を買い手へ移す場合は、農業委員会の許可や農地バンクを通じた手続きが必要になる場合があります。地域計画との整合性についても確認が必要です。
進め方には時間がかかることがあります。必要な期間は、株式譲渡か事業譲渡か、農地の権利移転を伴うか、地域計画の変更が必要か、農業委員会の審議日程などによって異なります。
譲渡を検討するなら、株価や事業価値の算定と並行して、農地を法人に残すのか、売り手が所有して貸し付けるのか、買い手へ移転するのかを詰めておくべきです。
株式譲渡そのものの進め方や税金の考え方についてはこちらで解説しています。
農業の相続税申告なら税理士法人ネイチャー
農業法人や農地の相続税申告にはかなり特殊な知識が必要となります。もし、相続が発生し、相続税申告をしなければならないとなった場合、農地の相続税申告についてノウハウがある事務所に相談することが重要です。
税理士法人ネイチャーでは農家の方の相続税申告についても積極的にサポートをさせて頂いておりますので、まずは無料相談からお気軽にお申し付けください。
まとめ:農業の事業承継は農地の制限を把握して進める
農業の事業承継では、農地の権利移動に必要な許可・届出、転用の可否、納税猶予の継続条件という3つの確認が出発点になります。
特に納税猶予は、適用時よりも適用後の管理が重要です。継続届出の提出や農地の扱い方を誤れば、猶予されていた税額の全部または一部と利子税の納付が必要になります。
後継者が決まっている場合も、これから探す場合も、まず着手すべきは、農地を個人と法人のどちらが所有しているか、所有する農地がどの区分に当たるか、農地所有適格法人の要件を満たしているか、納税猶予の適用を受けているかの確認です。
これらが分かれば、親族への承継、担い手への貸付け、農外企業への譲渡のどれが現実的かを比べられます。
【参照】
農地法|e-Gov法令検索
農林水産省「農地相続ポータル」
農林水産省「農地を相続した方へ」
農林水産省「農地の貸し借り(売買)は、令和7年4月から、原則として農地バンク経由になります」
農林水産省「法人が農業に参入する場合の要件」
国税庁「農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例」
国税庁「贈与税又は相続税の納税猶予の継続届出手続」
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