役員報酬を受け取っていても所得税等の負担が重く、自由に使える金融資産が思ったほど増えていない経営者は少なくありません。勇退後の生活を考えると、役員退職金の準備が重要になります。
役員退職金は、会社が支給額や原資を事前に検討しなくてはなりません。準備が不十分なまま高額な退職金を支給すると、赤字や資金繰りの悪化につながる場合があります。また原資がなく、想定していた退職金が支給できないというような状況も考えられます。
この記事では、経営者の退職金額の考え方、支給年度の損益と資金の試算、法人保険を活用する条件と準備手順を解説します。最後まで読むことで、退職金支給後の会社財務と経営者個人の手取りを踏まえ、自社に合った退職金の準備方法を判断できるようになるでしょう。
経営者の退職金とは?
経営者の退職金(役員退職金)とは、長年経営を担ってきた役員が退任する際、これまでの労務や功績の対価として会社から支給される退職慰労金のことです。支給事由により、大きく分けて2種類あります。
勇退退職金は、生前に役員を退いたときに支払われる一方、死亡退職金は、在任中に亡くなったときに遺族へ支払われます。
取締役の退職金は、定款に定めがない場合、原則として株主総会の決議により支給額などを決める必要があります。法律で一律の支給額が決められているわけではありません。
税務上は、在任年数や退職の事情、同業類似法人の支給状況などを踏まえ、適正な金額を検討する必要があります。支給額や算定基準、手続きは、あらかじめ社内で整えておくことが大切です。
経営者の退職金はなぜ必要?
役員退職金は勇退後の生活資金と事業承継の両方に関わるため、非常に重要です。日本の所得税等は所得が900万円を超えたあたりから、税率が約43%になってくるため、役員報酬を増額してもその4割程度が税金になってしまう仕組みがあります。
そのため、経営者の資産は換金しにくい自社株や不動産に偏りやすく、退任後に自由に使える金融資産(現預金)が十分に手元に残らないケースが少なくありません。
退職金は、受け取る個人側では退職所得として扱われます。給与等の他の所得と区分して分離課税されるうえ、勤続年数に応じた退職所得控除を差し引けるため、役員報酬として受け取る場合と比較して税負担を抑え、手取り額を多く残しやすい点が特徴です。
退職金を支給することで会社の純資産が圧縮され、自社株の評価額を引き下げる効果が期待できる場合もあります。そのため、勇退後の生活資金確保だけでなく、事業承継・株価対策の一環としても重要なポイントです。
経営者の退職金は事前準備が必要
経営者の退職金は、支給基準と原資を事前に整理することが重要です。準備不足が支給年度の損益や現預金に与える影響を解説します。
会社が退職金原資を準備する
役員退職金は、会社が支給基準を定め、原資を準備します。実務上は、役員退職慰労金規程(退職金の支給ルールを定めた社内規程)を整備しておくと、支給基準を明確にすることが可能です。規程には、支給対象者、計算方法、支給時期、死亡退職金の扱いなどを定めます。
勇退の時期はある程度計画できますが、死亡による退職は時期を選べません。それぞれに必要な資金を想定して準備することが重要です。
準備不足は会社財務に影響する
準備が不足すると、退職金の支給が会社財務に大きく影響する場合があります。適正な役員退職金は、原則として金額が具体的に確定した事業年度に損金算入されるのですが、手続きを誤ると想定した決算期に損金が計上できないかもしれません。
多額の退職金を支払えば、利益が減少して赤字となる場合があるほか、現預金も減少します。赤字や現預金の減少は融資判断に影響する可能性がありますが、金融機関は事業内容や将来性なども含めて総合的に判断します。ただし、借入のための金利が上昇傾向にある今、なるべく赤字決算は避けた方が無難と考えられます。
また退職金は会社から見れば多額のキャッシュアウトです。金額の妥当性だけでなく、無理なく支払える資金計画が欠かせません。
経営者の退職金額は適正額から決める
退職金の金額は、税務上の適正額から考えます。会社が損金にできる範囲と、受け取る個人の手取りの両面を確認する方法を順番に解説します。
功績倍率法は適正額を考える一つの方法
適正額を考える方法として、功績倍率法が広く使われます。計算式は「最終役員報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率」です。
ただし、倍率だけで金額の妥当性が決まるわけではありません。業種、会社の規模、在任期間、退職の事情、同業類似法人の支給状況もあわせて確認します。最終報酬月額が実態と離れている場合も注意が必要です。
役員退職金の適正額の計算は下記の記事もご参考ください。
退職所得控除で手取り額が変わる
受け取る側では、退職金は退職所得として課税されます。勤続年数に応じた退職所得控除を差し引いて計算します。控除後の金額は、原則として2分の1が課税対象です。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の場合、2分の1の計算は使えません。
企業型DCなどの一時金を先に受け取っていると、控除が調整される場合もあります。2026年1月以降は、調整の対象となる期間が前年以前4年内から9年内へ広がりました。
在任年数が短い状態で高額な退職金を支給した場合、退職所得控除の枠が小さく税負担が重くなることで、手取り額が想定を下回るおそれがあります。そのため、額面上の支給額のみならず、税引後の手取り額を事前に試算しておくことが推奨されます。
経営者の退職金で赤字が生じる場合
過度に高額な退職金は、会社の損益や資金繰りに大きく影響します。損金に算入できる時期や保険の解約益、資金不足の見方を順番に解説します。
適正な役員退職金は一定要件で損金に算入できる
適正な役員退職金は、税務上、損金の額に算入できます。原則として、株主総会などで金額が具体的に確定した事業年度が損金算入時期です。ただし、実際に支払った事業年度に損金経理した場合は、その年度の損金とすることも認められます。
退職金の支給により、一時的に決算が赤字になってしまうことは多いです。
損益計算だけでは資金不足を判断できない
赤字と資金不足は別の問題です。損益、現預金、純資産は、それぞれ分けて確認します。
| 確認したい内容 | 使う書類 | 見るポイント |
| 支給年度の損益 | 損益計算書 | 退職金と保険解約損益 |
| 支払える現金 | 資金繰り表 | 手元資金と解約返戻金、支払額 |
| 純資産の減少 | 貸借対照表 | 利益剰余金と純資産合計 |
黒字であっても、支給後の現預金が不足する場合があります。そのため、損益の赤字とキャッシュアウト、両方に備えておくことが重要です。
経営者の退職金準備には法人保険
退職金準備において重要なのは下記の2点です。
- 退職する時期に大きく特別利益を計上し、損失を打ち消せること(赤字決算を回避できること)
- 退職金の原資として、キャッシュインにつながること
これらの条件を満たす一定の法人保険は、退職金の準備に向いているとされています。
法人保険を活用した勇退退職金の準備
法人保険は、退職金原資を計画的に準備する選択肢になります。ただし解約返戻金は契約内容や解約時期によって変わるため、退任予定時期とあわせた確認も必要です。
退職する時期に積み立ててきた保険契約を解約すれば、解約返戻金と資産計上額の差額が特別利益として実現します。保険解約益という特別利益を計上することが、赤字決算を回避することにつながるのです。また、解約返戻金は退職金の原資として活用ができます。
死亡退職金の原資も確保したい
法人保険は、勇退前に経営者が亡くなった場合への備えにも活用できます。会社が死亡保険金を受け取る契約であれば、その資金を死亡退職金の原資に充てることが可能です。国税庁も、法人を死亡保険金の受取人とする生命保険契約を前提とした税務上の取扱いを示しています。
勇退時の資金準備と、死亡時の保障を一つの契約で検討できる点が法人保険の特徴です。ただし、保険金額や解約返戻金、保険料の税務処理は契約によって異なります。退職予定時期と必要保障額を踏まえて選ぶことが重要です。
経営者の退職金を法人保険で準備する注意点
法人保険を使う場合は注意点もあります。保険料の負担、解約する時期、損金にできる範囲という2つの論点を順番に確認します。
- 早期解約で受取額が減る場合がある
- 支払保険料の全額が損金になるとは限らない
早期解約で受取額が減る場合がある
加入から短い期間で解約すると、解約返戻金が支払保険料を下回る場合があります。解約返戻金の推移は、保険の種類や契約内容、経過年数などで異なる点に注意が必要です。
たとえば、70歳頃の解約を想定していても、体調などを理由に65歳で勇退すれば、受取額が想定を下回る可能性があります。勇退時期が動く可能性も踏まえ、解約返戻金の推移表を加入前に確認してください。
支払保険料の全額が損金になるとは限らない
支払保険料の全額が損金になるとは限りません。保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超える一定の定期保険などでは、保険料の一部を資産に計上します。割合や期間は最高解約返戻率によって異なります。
一部を損金計上する保険がいいのか、全額を資産計上する保険がいいのかは、その会社によって異なります。どちらが自社に適しているか検討したい方は、ぜひ当社の無料面談をご活用ください。
経営者の退職金を数値例で比較
数字で見ると、退職金を支給する年度への法人保険の影響がわかります。保険がある場合とない場合の損益と現金の動きを同じ条件で比べてみます。
法人保険の有無で赤字幅が変わる
本業の利益5,000万円、役員退職金8,000万円の会社を例にします。以下は、退職金を支給する年度だけを比較した簡易試算です。
| 保険なし | 法人保険あり | |
| 本業利益 | 5,000万円 | 5,000万円 |
| 解約返戻金 | 0円 | 7,000万円 |
| 保険の帳簿価額 | 0円 | 4,500万円 |
| 解約益 | 0円 | 2,500万円 |
| 役員退職金 | 8,000万円 | 8,000万円 |
| 支給年度の損益 | ▲3,000万円 | 500万円 |
| 退職時の現金増減 | ▲8,000万円 | ▲1,000万円 |
保険がない場合、支給年度の損益は3,000万円の赤字です。現金も8,000万円減少します。保険がある場合、この例では解約益2,500万円が生じるため、500万円の黒字決算で着地できます。解約返戻金7,000万円を受け取るため、退職金支給による現金の減少は1,000万円となります。
このようにして赤字決算を回避することは、会社の資金繰りや信用を考える上では意義があります。例えば二期連続赤字が続くと、新規の融資審査はかなり厳しくなります。事業を取り巻く環境は日々変わっていくため、退職金で赤字になった翌期が厳しい環境だった場合は、二期連続赤字になってしまうかもしれません。そういった苦しい時に、新規融資が受けにくくなることは非常にリスクがあります。
そのため、赤字になる可能性は事前につぶしたうえで、経営者の勇退後の生活にとって重要である退職金の準備をしておくことが重要なのです。準備期間が長ければ長いほど、効率よく退職金を準備できる可能性は高まります。
経営者の退職金を法人保険で準備する手順
準備は大きく3つの手順で進みます。退職予定年の設定、解約益の試算、支給手続きの整備について、実務の進め方を解説します。
- 退職予定年を複数パターンで設定する
- 解約益を帳簿価額から試算する
- 支給手続きを事前に整備する
退職予定年を複数パターンで設定する
最初に、複数の退職予定年を想定します。60歳、65歳、70歳など、3つ程度が目安です。各時点の役員在任年数、想定の役員報酬、退職金額を試算します。
退職時期が変わると、在任年数や解約返戻金の額が変わり、必要な原資にも影響します。事業承継の予定や後継者の状況もあわせて確認してください。一つの時期だけで設計すると、変更に対応しにくくなります。
解約益を帳簿価額から試算する
次に、保険の数字を集めます。用意する資料は、解約返戻金の推移表、総勘定元帳、保険料積立金などの残高です。退職予定年ごとに、解約返戻金、帳簿価額、解約損益、支給後の現預金を並べます。
試算は一度の設計で完結させず、毎期の決算確定時に推移を見直すことが重要です。業績の変動や役員報酬の改定、退職予定時期の変更などに伴い、適正な退職金額や必要となる準備原資も変動する可能性があります。
近年は変額保険で、掛け金を増やしながら退職金準備をする事例も非常に多くなっているため、何パターンか試算をしておくことも重要です。
支給手続きを事前に整備する
支給前には、社内の法的手続きや規程の整備状況を慎重に確認しておく必要があります。会社法上、取締役の退職慰労金は定款に定めがない限り株主総会の決議によって決定しなければなりません。役員退職慰労金規程を設ける場合は、支給対象者や算定方法、支給時期、死亡退職金の取り扱いなどを明確に定めておくことが望まれます。
株主総会等の決議内容は必ず議事録として保存し、規程の内容との整合性を確認します。なお、税務上、役員退職金は原則として株主総会決議等により金額が具体的に確定した事業年度に損金算入されるため、決議を行う時期や会計処理のタイミングを事前に設計しておくことが重要です。
経営者の退職金でよくある質問
経営者の退職金についてよくある質問を4つ取り上げます。法人保険と赤字の関係、準備を始める時期について、簡潔に回答します。
- 経営者の退職金による赤字は法人保険で防げる?
- 経営者の退職金はいつから準備する?
- 死亡退職金の準備って必要?
- 退職金準備にはどのような保険が適している?
経営者の退職金による赤字は法人保険で防げる?
事前に準備をしておけば防げる可能性は高いです。簡易試算では、本業利益、保険の解約損益、退職金額などから支給年度への影響を確認します。
ただし法人保険は赤字を必ず避ける方法ではありません。あくまで退職金起因による赤字を回避する方法です。複合的な要因で赤字になる場合に備えて別の対策も準備しておくことが重要です。退職金原資を計画的に準備し、支給年度の資金負担を補うための選択肢です。
経営者の退職金はいつから準備する?
準備を始める時期は、必要額、退職予定年、利益や資金繰りによって変わります。ただし、基本的には掛け金が運用されるタイプの保険で準備をすることが多いと思われるため、運用期間が長い方が効率よく、少ない元手で退職金を準備できる傾向にあります。本業で必要な現金を確保しつつ、余剰資金がある場合は早めに準備を始めることが推奨されます。
死亡退職金の準備って必要?
基本的に自分が死亡するという可能性は、誰しも考えたくないものです。ただ、人生は何があるかわかりません。経営者が突然亡くなってしまったら、残された家族や会社はどうなってしまうのか。そんなシミュレーションをしておくことも重要になります。
死亡退職金は残された家族がその後生活をしていくための重要な資金です。会社にキャッシュが少ない時期に相続が発生し、死亡退職金が支給できない場合、生活が立ち行かなくなってしまうリスクがあります。そのため、死亡退職金に関する規程を整え、いざという時に支給ができるよう準備するとともに、保険で死亡退職金を準備することは非常に有効です。
準備した保険は、結果的に勇退時に解約をして退職金原資となりますので、万が一の場合の備えと、将来の退職金の準備を同時に行うことができる、効率の良い対策方法です。
退職金準備にはどのような保険が適している?
法人保険には様々な選択肢があるため、最適な保険は会社ごとに異なります。また常に新しい商品が出続ける保険業界においては、最新情報に精通した専門家のアドバイスを受けることが推奨されます。同じ保険料で、保障額が全く違うことや、将来の解約返戻金額に大きな差が出ることも多いです。
事前に保険商品と税務、両方に精通した専門家に相談しましょう。
経営者の退職金準備なら税理士法人ネイチャー
役員退職金は、適正額だけでなく、支給年度の損益や支給後の現預金、どのように原資を積み立てるかというところまで試算して準備する必要があります。
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まとめ:経営者の退職金は支給時の会社財務を確認して準備する
経営者の退職金は、適正額だけで決めるものではありません。支給時の損益、現金の増減、純資産への影響まで確認して準備します。
法人保険は、契約内容に応じて、勇退時の退職金原資と死亡時の資金需要の双方に備えられる選択肢です。ただし、保険料の負担、解約返戻金、資産計上額の確認が欠かせません。確認すべき主な数字は、本業利益、解約損益、退職金額、支給後の現預金、純資産です。税理士法人ネイチャーでは、退職金の金額だけでなく、会社の資金繰りやどのような法人保険が適しているのかまで含めて検討できます。退職金の金額と会社財務を一緒に整理したい方は、ぜひご相談ください。
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