香港の銀行や証券会社で資産を保有している方のなかには、「香港には相続税がないから、家族は安心」と考えている方もいるのではないでしょうか。香港では、相続税に相当する遺産税がすでに廃止されています。
ただし、日本の相続税まで対象外になるとは限りません。亡くなった方や相続人の住所・国籍、過去の日本での居住状況などによっては、香港の資産も日本の課税対象になります。
この記事では、日本で課税される条件や財産ごとの評価方法、申告の注意点を解説します。ご家族が円滑に相続手続きを進められるよう、必要な準備を確認しましょう。
香港に相続税はない?
香港には、相続税にあたる税金はありません。以前あった「遺産税」は法改正で廃止され、2006年2月11日以後に亡くなった方の遺産にはかかりません。
ただし、香港で遺産税がかからなくても、日本の相続税がかかる場合があります。日本の相続税は、亡くなった方と相続人の住所や国籍、過去の日本での居住状況などによって、課税される財産の範囲が決まります。
香港では現在、遺産税が課されないため、香港の遺産税について日本の相続税で外国税額控除を受けることは通常ありません。香港の財産を受け取る際には、財産の種類や所有形態に応じて、現地での相続手続きが必要になる場合があります。
香港資産に日本の相続税がかかる条件
日本の相続税がかかる財産の範囲は、主に次の3つで決まります。
- 亡くなった方(被相続人)と、財産を受け取る人(相続人)の住所
- 被相続人と相続人の国籍
- 相続開始前10年間における、被相続人と相続人それぞれの日本での住所歴
それぞれ日本国籍がある親子を例に、代表的なケースを表にまとめました。
| 親 (被相続人) | 子 (相続人) | 子が取得する財産のうち、 日本の相続税の対象となる範囲 |
| 香港在住 | 日本在住 | 香港の資産を含むすべての財産 |
| 日本在住 | 香港在住 | 香港の資産を含むすべての財産 |
| 香港在住 | 香港在住 | 親子のどちらかが相続開始前10年以内に日本に住所を有していた場合、香港の資産を含むすべての財産 |
| 香港在住 | 香港在住 | 親子とも相続開始前10年以内に日本に住所を有していなかった場合、日本にある財産のみ |
※日本国籍の親子を前提とした原則的な取り扱いです。被相続人が国外転出時課税の納税猶予の特例を受けていた場合などは、取り扱いが異なることがあります。
親子ともに香港に住んでいても、香港の資産が日本で課税される場合があります。住所は、住民票の有無だけでなく、生活の拠点がどこにあったかという実態に基づいて判断します。
親子のどちらかが外国籍の場合は、在留資格や日本での居住期間などによって取り扱いが変わる場合があるので注意が必要です。
香港資産の相続におけるプロベートとは
香港にある故人名義の預金や不動産などを承継する場合、原則として裁判所から遺産の管理・分配に必要な権限を認めてもらう手続きが必要です。
遺言がある場合は、原則として指定された遺言執行者が「プロベート(遺言認証)」を申請します。遺言がない場合は、配偶者など優先順位の高い人が「遺産管理状(Letters of Administration)」の発行を申請します。
香港の金融機関では、預金の払い戻しなどの際に、裁判所が発行する権限を証明する書類を求められるのが一般的です。
一方、現金・故人単独名義の預金・強制積立年金(MPF)のみで構成される総額15万香港ドル以下の遺産は、公的な遺産管理人による簡易手続きの対象となる場合があります。
また、香港にある遺産が合計5万香港ドル以下の金銭のみで構成される場合には、香港民政事務総署による確認通知書(Confirmation Notice)を利用できることがあります。ただし、MPFや株式、不動産などが含まれる場合は、この確認通知書の対象外となります。
香港資産の相続税評価方法
日本で課税される香港資産は、種類ごとに評価方法が異なります。預金・株式・不動産ごとに、評価の考え方と必要な資料を見ていきましょう。
- 銀行預金は死亡日の残高を基に評価する
- 株式は発行会社の所在地と株価の評価方法を確認する
- 不動産は現地の時価資料で評価する
銀行預金は死亡日の残高を基に評価する
香港の銀行預金は、亡くなった日の残高を基に評価します。定期預金などは、その日に解約した場合に受け取れる利息(既経過利息)から、源泉徴収されるべき税額があれば差し引いて加算するという流れです。
外貨預金は、原則として納税義務者の取引金融機関が公表する、亡くなった日の最終のTTB(外貨を円に替えるときの相場)またはこれに準ずる相場で円に換算します。その日に相場がない場合は、亡くなった日より前の最も近い日の相場を使います。払い戻し日や、日本に送金した日のレートではない点に注意しましょう。
【払い戻し時のレートで計算してしまった場合】
亡くなった方の預金が1,000万香港ドルあり、亡くなった日のTTBが1香港ドル=19円なら、元本の評価額は1億9,000万円です。払い戻し時の17円で換算した1億7,000万円を申告すると、評価額を2,000万円過少に計上することになります。
※為替レートは仮の数値で、利息は考慮していません。
準備する資料は、亡くなった日の残高証明書、既経過利息の計算書、前後の取引明細などです。預金の所在は、受け入れた支店の所在地で判断します。香港の支店に預けた預金は国外財産、日本国内の支店に預けた香港ドル預金は国内財産です。
株式は発行会社の所在地と株価の評価方法を確認する
株式が国内財産か国外財産かは、口座の場所ではなく、発行会社の本店または主たる事務所の所在地で判断します。
| 株式の種類 | 保有している口座 | 財産の所在 |
| 日本に本店がある上場会社の株式 | 香港の証券口座 | 日本(国内財産) |
| 香港の取引所に上場する会社の株式 | 香港の証券口座 | 発行会社の本店または主たる事務所の所在地 |
| 香港に本店がある非上場会社の株式(自社株) | 口座なし(直接保有) | 香港(国外財産) |
※上場市場と発行会社の本店所在地は、一致するとは限りません。
日本国籍の親子がともに香港在住で、相続開始前10年間に日本国内に住所がなかった場合は、原則として日本国内の財産のみが相続税の課税対象です。
ただし、日本に本店がある会社の株式は、香港の証券口座で保有していても国内財産に当たります。そのため、親から相続したこの株式が8,000万円分あれば、その全額が日本の相続税の課税対象に含まれます。
日本の上場株式は、亡くなった日の終値と、亡くなった月・前月・前々月の終値の月平均額のうち、最も低い価格で評価するのが原則です。香港など外国の取引所に上場する株式も、同様の方法に準じて評価し、原則として死亡日のTTBで円に換算します。
香港の非上場会社の自社株は、会社の資産・負債を基にした純資産価額などを参考に、会社の状況に応じて評価方法を検討します。会社が持つ預金や不動産は、株式の評価額を計算するための材料であり、相続人が直接受け取る財産ではありません。
非上場株式の評価方法は国税庁の有識者会議で見直しが検討されているため、最新の通達等も確認しましょう。評価には、死亡日の銘柄・株数が分かる取引残高報告書や株価資料、非上場会社の決算書・資産明細などを準備します。
不動産は現地の時価資料で評価する
香港の不動産は、日本の路線価などを直接適用できないため、亡くなった時点の時価を基に評価します。
時価の根拠となるのは、現地の専門家による鑑定評価や、近隣の類似物件の売買事例などです。課税上の支障がない場合には、購入時の価格を、その後の現地の価格動向に応じて修正する方法も認められます。購入時の価格をそのまま使わず、死亡時点の価額を確認しましょう。
通常の共有不動産は、亡くなった方の持分を評価します。一方、死亡により他の共有者に権利が帰属する「ジョイント・テナンシー」は、日本の相続税・贈与税の課税関係を個別に確認する必要があります。所有形態や権利関係が分かる、香港の土地登記所(Land Registry)の記録なども準備しましょう。
香港資産の相続税申告が必要な場合
日本の相続税の課税価格の合計額が基礎控除を超えると、原則として申告が必要です。基礎控除は「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」で計算します。法定相続人が3人なら、4,800万円です。
課税価格は、日本の課税対象となる国内外の財産から、非課税財産や控除できる債務・葬式費用などを差し引き、加算対象の生前贈与を含めて計算します。相続などで財産を受け取る人が被相続人から受けた暦年課税の贈与は、原則として一定期間内のものを加算します。
暦年課税による贈与の加算対象期間は、2026年中の相続なら相続開始前3年以内です。2027年から段階的に延長され、2031年以降の相続では7年以内となります。ただし、延長された期間のうち相続開始前3年以内を超える部分については、贈与財産の価額の合計額から100万円を控除できます。相続時精算課税を適用した贈与は、別のルールで加算します。
香港の資産だけで判断せず、日本の課税対象となる財産全体で確認しましょう。
配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用によって税額がゼロになる場合も、申告が必要です。香港に住み、日本に住所がない相続人が申告するときは、納税管理人(日本で申告や納税の窓口になる人)を定め、税務署に届け出る必要があります。
香港資産の相続税申告での注意点
香港の手続きと日本の申告は、別々のスケジュールで進みます。申告期限と納税資金について、確認したい注意点を見ていきましょう。
- 現地手続きの完了を待たない
- 香港資産をすぐに使える前提にしない
現地手続きの完了を待たない
日本の申告・納税期限は、原則として亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。香港のプロベートが終わっていないことだけで、期限が延びるわけではありません。期限を過ぎると、延滞税や無申告加算税がかかる場合があります。香港の手続きと並行して、財産の調査や評価資料の収集を早めに進めましょう。
未分割の財産は、原則として法定相続分などに従って取得したものとして申告・納税します。配偶者の税額軽減などを後から適用する場合に備え、申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付します。
申告期限後3年以内に分割し、各特例の要件を満たせば、適用を受けられます。税額が減る場合は、原則として分割があったことを知った日の翌日から4か月以内に、更正の請求を行います。
未分割に当たるかは、遺言や遺産分割協議の内容、適用される相続法などを踏まえて判断します。
香港資産をすぐに使える前提にしない
相続税は、申告期限までに金銭で一括して納めるのが原則です。香港の預金や証券は、必要な手続きが終わるまで払い戻しや売却ができない場合があります。
納める相続税が1億円、納税に使える国内預金が3,000万円なら、香港の預金を使えない場合の不足額は7,000万円です。香港資産を納税資金に使える時期を確認し、国内で確保する資金も検討しましょう。金銭での一括納付が困難な場合は、一定の要件のもとで延納を申請することもできます。
生前であれば、資産運用への影響も踏まえて国内外の資産配分を見直し、納税資金を準備できます。
香港の資産を日本で相続税申告しないとどうなる?
日本の相続税の課税対象となる香港の預金や株式などを申告しなかった場合、税務調査で申告漏れを指摘され、追加の相続税に加えて過少申告加算税や延滞税などが課されることがあります。申告自体をしていなかった場合は無申告加算税、財産を意図的に隠していた場合などは重加算税の対象となることもあります。
特に注意したいのが、CRS(共通報告基準)による海外金融口座情報の自動的な情報交換です。
CRSとは、各国・地域の税務当局が、銀行や証券会社などの金融機関から報告された口座情報を相互に交換する制度です。例えば、日本の税務上の居住者が香港の金融機関に口座を保有している場合、口座名義人の氏名・住所、口座残高、利子・配当などの情報が、日本の税務当局に提供されることがあります(実際に当社の対応案件でも、香港の口座の残高の情報を税務署の担当官が把握した状態で、税務調査が始まったケースがあります)。
香港には相続税がないからといって、日本の税務署に資産の存在を把握されないとは限りません。また、近年はCRSによる海外金融口座情報の活用が進み、国外資産に関する税務調査も増加傾向にあります。国税庁はAIを活用した調査対象の選定にも取り組んでおり、税務調査の高度化が進んでいます。
日本の相続税の課税対象となる香港資産については、国内の財産と同様に、漏れなく申告することが大切です。
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香港資産の相続では、日本での課税範囲や財産評価、現地手続きとの進め方を整理することが大切です。
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香港に相続税がなくても日本での申告要否を確認しよう
香港では遺産税が廃止されていますが、日本の相続税がかかる財産の範囲は、亡くなった方と相続人の住所・国籍・過去の日本での住所歴、在留資格などによって異なります。親子ともに香港に住んでいても、香港の資産が課税対象となる場合があるので注意が必要です。
財産ごとに所在と評価方法を確認し、債務の控除や生前贈与の加算などを踏まえて、申告の要否を判断しましょう。香港の手続きの完了を待たずに、財産の確認と申告準備を始めることが大切です。
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