「会社は毎年利益を出し、預金も積み上がっている。それなのに、個人の資産は思ったほど増えていない」そう感じている経営者の方は少なくありません。
役員報酬を増やすと、所得税や社会保険料の負担も増える場合があります。法人から個人へ資産を移す方法は、ほかにないのでしょうか。
この記事では、法人から個人へ資産を移転する8つの方法を紹介します。それぞれの適用条件や税金の違いも、表で整理しました。
受け取る時期や税引後の手取りを比較し、自社に合った資産移転の方法を検討する際の参考にしてください。
法人から個人へ資産移転する8つの方法
法人から個人へ資産を移す代表的な方法は、次の8つです。いずれも会社を解散せずに利用できる方法ですが、それぞれ利用条件や税務上の取扱いが異なります。自分が利用できる方法を確認したうえで、資産を移転する目的や時期に応じて検討しましょう。
- 役員報酬として受け取る
- 役員賞与として受け取る
- 役員退職金として受け取る
- 株主への配当として受け取る
- 役員借入金の返済を受ける
- 個人の不動産を法人に貸す
- 個人の資産を法人に売却する
- 自社株を会社に売却する
1. 役員報酬として受け取る
役員報酬は、毎月の生活資金を確保する基本的な方法です。会社の経費(損金)にするには、原則として「定期同額給与」などの要件を満たす必要があります。定期同額給与とは、毎月など一定の間隔で同額を支払う給与です。
金額の変更は、原則として事業年度の開始から3か月以内に行います。3か月を超えてから増額をすると、増額部分が経費にならない場合があります。職務内容などに比べて不相当に高額な部分も、経費として認められません。
2. 役員賞与として受け取る
役員賞与は、決まった時期にまとまった資金を受け取る方法です。会社の経費にするには、原則として「事前確定届出給与」の要件を満たす必要があります。支給時期と金額をあらかじめ定め、期限内に税務署へ届け出る制度です。届け出た内容と異なる金額を支給すると、原則として支給額が経費として認められません。利益が出たからといって、期の途中で自由に賞与を追加できるわけではありません。
3. 役員退職金として受け取る
役員退職金は、退任後の生活資金や運用資金をまとめて確保する方法です。退職金には勤続年数に応じた退職所得控除があり、原則として控除後の金額の2分の1が課税対象になります。ただし、役員としての勤続年数が5年以下の場合などは、取扱いが異なります。
退職の実態があることも重要です。退任後も経営の中心に残る場合、退職金と認められないおそれがあります。支給額は勤続年数や職務内容に見合う水準とし、会社側の資金も準備しましょう。不動産などの資産を現金の代わりに渡す方法もありますが、資産の評価や課税関係の確認が必要です。
4. 株主への配当として受け取る
配当は、株主として会社の利益の分配を受ける方法です。配当できる金額は、会社法上の「分配可能額」の範囲内に限られます。株主総会などでの決議も必要です。配当は会社の経費にならず、個人には原則として配当所得として課税されます。
また、配当は通常、厚生年金保険料などの算定対象にはなりませんが、国民健康保険料などに影響する場合があります。報酬より有利かどうかは、会社と個人の税負担を合わせて判断しましょう。
5. 役員借入金の返済を受ける
役員借入金とは、会社が役員から借りているお金です。返済を受ければ、貸したお金を回収できます。元本部分の返済には、原則として所得税がかかりません。まずは決算書の残高と、貸したときの入金記録を確認しましょう。返済によって個人の財産が増えるわけではありません。会社への貸付金が現金に変わるだけです。
6. 個人の不動産を法人に貸す
個人の不動産を会社に貸し、賃料を受け取る方法です。会社の事務所や駐車場などが主な対象になります。所有権を移さずに、継続的な収入を得られます。
前提は、会社が実際に事業で使っていることです。賃料は相場に見合う金額にしましょう。高すぎる部分は、役員給与として扱われるおそれがあります。契約書を作成し、支払いの記録も残しましょう。
7. 個人の資産を法人に売却する
会社が事業で使う車や土地などを、個人から買い取ってもらう方法です。売却価格は、時価(通常の取引で成立すると考えられる価格)を基準に決めます。個人が土地や建物などを法人へ時価の2分の1未満で売却した場合、原則として時価で譲渡したものとみなして所得税が計算されます。
また、会社が役員から資産を時価より高額で買い取った場合、超過額が役員給与として扱われ、会社側で損金に算入できないおそれがあります。売却によって現金を得られますが、保有していた資産を現金に換える取引なので、それだけで個人の財産が増えるわけではありません。
8. 自社株を会社に売却する
会社に自社株を買い取ってもらい、まとまった資金を受け取る方法です。「自己株式の取得」と呼ばれます。買い取りには、原則として株主総会の決議などの手続きが必要で、分配可能額の範囲内で行います。買い取り価格は株式の時価を踏まえて決めます。
また、売却代金の一部が「みなし配当」として課税される場合があるので注意が必要です。売却後の持株割合が経営権に影響しないかも確認しましょう。
法人から個人への資産移転にかかる税金
8つの方法について、主に個人の所得税上の取扱いと法人税上の損金算入の可否を比較します。取引内容によっては、消費税や社会保険料への影響も別途確認が必要です。
| 方法 | 個人側の所得区分 | 法人側の経費(損金) |
| 役員報酬 | 給与所得 | 要件を満たせば経費 |
| 役員賞与 | 給与所得 | 要件を満たせば経費 |
| 役員退職金 | 退職所得 | 適正な金額なら経費 |
| 配当 | 配当所得 | 経費にならない |
| 借入金の返済 | 元本は課税なし | 経費にならない |
| 不動産の賃貸 | 不動産所得 | 適正な賃料なら経費 |
| 資産の売却 | 原則として譲渡所得(資産の種類による) | 原則として資産計上し、建物・車両などは減価償却、土地などは売却時の原価として損金算入(資産の種類による) |
| 自社株の売却 | みなし配当部分は配当所得、それ以外は株式等に係る譲渡所得等 | 経費にならない |
経費になるかどうかによって、会社と個人を合わせた税負担は変わります。
非上場株式の配当は、原則として給与などと合算する総合課税の対象です。上場株式等の配当で認められる申告分離課税は選択できません。自社株の売却では、代金のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分が、原則としてみなし配当として総合課税の対象になります。
なお会社が役員に対し、役員としての立場に基づいて無償で財産を渡した場合は、原則として贈与税ではなく、給与として所得税の対象になります。また、会社側でも、役員給与の損金算入要件を満たさなければ経費になりません。
なお、株主としての立場に基づく財産の交付であれば、配当所得として扱われる場合があります。課税が重くなりやすいので注意しましょう。
事例:社長が退職金1億円を受け取る場合(概算)
勤続25年の社長が、退職金1億円を受け取るケースで試算します。
| 項目 | 金額 |
| 退職金 | 1億円 |
| 退職所得控除(800万円 + 70万円 × 5年) | 1,150万円 |
| 課税される退職所得(差額の2分の1) | 4,425万円 |
| 所得税・復興特別所得税 | 約1,543万円 |
| 住民税 | 約443万円 |
| 手取り額 | 約8,014万円 |
※2026年の税制を前提とした概算です。退職所得控除の重複調整や障害退職の特例などは考慮せず、税額は万円未満を四捨五入しています。2027年以後は防衛特別所得税が加わりますが、復興特別所得税との合計税率は変わりません。
この例を見ると分かるのですが、勤続年数が長いと相当に所得税の実効税率が低くなり、効率よく法人から個人に資金を移すことができます。退職金は、法人から個人への資産移転の中でも、所得税が低くなりやすい特徴があるため、事前にしっかりと準備をして、適切に支給できるよう準備をしておくことが重要です。
ただし、役員としての勤続年数が5年以下の場合は注意が必要です。例えば、役員勤続4年で退職金3,000万円を受け取る場合、退職所得控除は160万円です。控除後の2,840万円には、原則として2分の1課税が適用されません。役員としての勤続年数や退職金の額によって、税負担は大きく変わります。
最新の法改正
2026年4月1日以後に始まる事業年度から、「防衛特別法人税」が導入されました。原則として、一定の税額控除を適用する前の法人税額から年500万円を差し引き、その残額に4%を課税します。
また、2027年1月からは、所得税額の1%に相当する「防衛特別所得税」が始まります。同時に、復興特別所得税の税率が2.1%から1.1%に引き下げられるため、両税を合わせた税率は2.1%のままです。
法人の制度で個人の支出を減らす方法
会社の制度を活用し、個人の支出を減らす方法もあります。
| 制度 | 個人への効果 | 主な条件 |
| 役員社宅 | 住居費の負担が軽くなる | 国税庁の基準で計算した賃貸料相当額以上を会社に支払う |
| 出張日当 | 出張に伴う費用を補える | 業務上必要な出張で、支給額が社会通念上相当な範囲内である |
役員社宅は、国税庁の基準で計算した家賃(賃貸料相当額)以上を支払えば、原則として給与課税されません。ただし、豪華社宅に該当する場合は、通常の市場家賃を基準に判断します。出張日当は、業務上必要な出張について、通常必要と認められる範囲であれば非課税です。役員だけに不相当に高額な日当を支給すると、給与として課税される場合があります。
どちらも個人の負担を軽減する仕組みですが、適正な金額の設定と実態に沿った運用が必要です。
法人から個人へ資産移転する方法の選び方
法人から個人への資産移転は、すべての方法を誰でも利用できるわけではありません。資金が必要な時期と会社の負担を含めた税引後の手取りから絞り込むと判断しやすくなります。
- 必要な時期から選ぶ
- 会社負担を含めた手取りから選ぶ
必要な時期から選ぶ
最初に、お金が必要になる時期を整理しましょう。毎月の生活資金なら、役員報酬や不動産の賃料が候補になります。まとまった支出に備えるなら、事前に支給時期と金額を定めた役員賞与・配当・借入金の返済・資産の売却を検討します。
退任後の生活資金や運用資金なら、役員退職金や自社株の売却が候補です。退職金は、会社の資金繰りも考慮し、退任の数年前から準備を進めることが大切です。
会社負担を含めた手取りから選ぶ
会社が負担する金額に対して、個人にいくら残るかを比較します。役員報酬は要件を満たせば会社の経費になりますが、原則として会社と個人の双方に社会保険料の負担が生じます。
一方、配当は会社の経費にならず、法人税が課された後の利益から支払われるものです。また、加入する医療保険制度によっては、配当所得が保険料に影響する場合があります。個人の税金だけでなく、法人税や社会保険料、会社の資金繰りも含めて比較しましょう。
法人から個人に資産移転するうえでの注意点
法人から個人への資産移転を適切に行うために、3つの点を確認しましょう。資産の評価、必要な手続き、移転後の資金繰りです。
- 現物資産を帳簿価額だけで評価しない
- 移転方法に必要な手続きを省略しない
- 会社に必要な資金まで移転しない
1. 現物資産を帳簿価額だけで評価しない
ここまで紹介した8つの方法とは別に、法人が保有する不動産や車を役員個人に売却する場合も、帳簿価額ではなく時価を基準に価格を決める必要があります。
たとえば、時価3,000万円、帳簿価額1,000万円の社有地を、社長へ1,000万円で売却した場合、会社側では原則として時価で譲渡したものとして法人税が計算されます。
また、時価と売却価格の差額2,000万円は社長への役員給与として扱われ、原則として損金に算入できず、社長個人にも所得税がかかります。
なお、建物や車などの課税資産については、著しく低い価格での譲渡による消費税への影響にも注意が必要です。保険契約は、契約内容や移転時点の状況によって評価方法が異なるため、個別に確認し、評価の根拠となる資料を保存しましょう。
2. 移転方法に必要な手続きを省略しない
資産移転の方法によって、必要な手続きは異なります。役員報酬は株主総会などでの決議、役員賞与は原則として事前の届出、資産の売却は売買契約などが必要です。送金や名義変更だけでなく、取引の内容を明確にすることが重要です。決議内容や取引条件、実際の支払いを議事録や契約書などに記録しましょう。
3. 会社に必要な資金まで移転しない
個人へ資産を移転した後も、会社が必要な支払いを続けられるか確認しましょう。運転資金、法人税などの納税資金、借入金の返済資金は、会社に確保しておく必要があります。配当や自社株の買い取りは、原則として分配可能額の範囲内で行います。
ただし、分配可能額があっても、手元の現預金が十分とは限りません。利益の額だけでなく、現預金の残高と今後の入出金の見通しを踏まえて移転額を決めましょう。
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役員報酬・配当・退職金のどれを、いつ、いくら受け取るか。判断には、法人と個人の両方の税負担や資産状況を踏まえた検討が欠かせません。
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まとめ:法人から個人への資産移転は利用条件を確認して選ぼう
法人から個人への資産移転には、役員報酬や退職金、配当、資産の売却など、さまざまな方法があります。それぞれ利用条件や税務上の取扱いが異なるため、受け取る時期や目的に応じた選択が重要です。
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